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日本のここがおかしい

長年の米国でビジネスマン生活をリタイアして 帰国後、日本を覆う閉塞感を見かねて、ブログ をはじめました。5年後閉鎖となったので 引っ越しました。

2012-05

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ポピュリズム

    最近ポピュリズムという言葉をよく目にします。政治に関連してです。橋下大阪市長の手法はポピュリズムだとか、小泉元首相の手法もポピュリズムだと言われます。外国でも薄という重慶の最高責任者の解任の理由の一つが、毛沢東主義で大衆を扇動しようとしたというようなものでしたが、これもポピュリズムでしょう。批判の対象にされているのです。

    そして必ずその危険性が指摘される理由はヒットラーの悪行です。ヒットラーは選挙によりトップになったのちに、ゲルマン至上主義や反ユダヤなどのドクトリンで大衆をあおりました。その結果何が起こったかは今さらいうまでもありません。

   しかし今の日本の何も決められない政治がどうすれば決められる政治になるのかという気がします。小泉さんの時は決められました。橋下さんも大阪でどんどん決めています。その背景は国民や府民の人気です。その人気を得るためにあえて敵を作る劇場型政治を行っていると批判されています。しかし決められて来た事は事実です。

   この問題を考えるためには民主主義というものを考えてみる必要があります。民主主義は選挙権を持つ選挙民により多数を得た人が国民を代表して政治を行う仕組みです。議院内閣制では小選挙区で選ばれた議員が選んだ代表が首相を選びます。しかし、400以上ある選挙区では利害関係から考え方などまちまちです。ですから議員による選挙で選ばれた首相が、選んでくれた議員の思惑を無視して特定の政策を遂行することが難しいのです。首相は出来るだけ多くの議員に喜んでもらう必要があり、いきおいばらまきに走りがちです。逆に国民にとってはつらい政策はできません。

    一方ポピュリズム政治家は自分の政策の発信力が強く、巧みに国民の情緒に訴えます。それは物言わぬ有権者まで目覚めさせて、一つの方向に大きなうねりを作り出します。たとえそれが反人道的なことであろうと、ゲルマン民族優越性を植えつけられ、自分たちが世界を支配することが世界人民の為にもなるのだという洗脳をされてしまうと、その妨げになる民族を抹殺することもいとわなくなります。危険な手法です。

    しかし、それはヒットラーであったからです。小泉さんや橋下さんはヒットラーではありません。正しい指導者を選び、その人がポピュリズム的手法を使ったら、それは正しいことなのです。橋下さんが今の日本の過度に社会主義的なぶら下がり政策を批判して、努力した人が報われる社会にしようと訴えて、楽してぶら下がっている人を除いた多くの人たちが、その通りだと共感した場合、ぶら下がっている人はけしからんと思うでしょうし、その人たちから票を得ている人たちは、危険な手法だと批判するでしょうが、そんな事を聞いていたら何も決まらないのですから。

   要するにポピュリズムも民主主義の一種です。ヒットラーは選挙という民主主義的主要で首相になりましたが、その後、権力を利用して、やはりヒットラーの考えは間違っていると考えるようになった国民の一部を弾圧しました。この段階で民主主義を放棄したのです。国民の多数が支持しているうちは民主主義というしかありません。もちろん橋下さんが権力を握ったらヒットラーに変わるような人物かどうかはよく見極めなければなりませんが。

   中国では先ほど書いたようにポピュリズムに対する警戒感が非常につよいです。反日運動と言う中国政府にとってかならずしも好ましくないこともないような運動でも、いつ反政府に移行するかわからないと警戒しています。これは共産党独裁のエリート社会を守るために民衆を弾圧しているわけで、民主主義はむしろポピュリズムの側にあります。

   日本の選挙の実態を見てみると、組織票の力が強く、かならず投票する補助金の受益者(農民など)、公共工事の受益者(建設業者など)、医療保険システムの受益者(医師会など)大企業労働者の既得権益をまもる労働組合、宗教団体などの支持を取り付けた候補者が当選します。この人たちは国民の一部に過ぎないのに、他の有権者が棄権したり、誰に入れたらよいのかわからないからと、毎回違う人にいれるために、結局組織票に支持された候補者が当選をかさね党の大物となり政府の首脳になります。この現状を打破するには物言わぬ有権者を引き付けるポピュリズムしかないと思われます。これを批判しているのは組織票の受益政治家ですから、われわれ一般有権者はポピュリズムに乗ってよいのです。
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電力の独占

   あれだけの事故を起こして経営が立ち行かなくなった東京電力に公的資金が投入され実質国有化されました。国有化というと効率の悪い企業の代名詞のようになっています。そんな事でうまく行くのかと疑問を持つ人が沢山います。私も同じです。ソ連のような社会主義国では主要企業はすべて国有企業で、競争がないために、経営者や従業員が努力をせずに競争力を失い、社会全体が崩壊してしまいました。イギリスでは労働党が力を持っていた戦後、多くの国営企業が出来て、社会が非効率となり、サッチャー首相による非国有化の改革でやっと息を吹き返しました。

   しかし、考えてみると、国有企業より今の電力会社のように私的独占企業のほうがもっとたちが悪いのではないでしょうか。競争が無いために電気料金は名目だけの官僚による許認可はあるものの上げたい放題であるという点は国営企業とおな時ですが、始末が悪いのは私企業であるために利潤を目的としている点です。国営企業の目的は利潤では有りません。腐敗はつき物ですが、その点は私的独占企業も同じでしょう。電力料金の決め方がコストプラス15%などという決め方をさせるものだから、コストを下げるどころか、コストを上げた方が儲かるというのですから最悪です。

   私が居た会社でも電力会社に取引を願って、見積もりをだしたら、こんな安いのはだめだとつき返されたそうです。高くしたら受け入れられたというまことに珍妙なことがあったと聞きます。成約のお礼に専務に挨拶に行ってくれと部下に言われて出かけたら、挨拶の相手の電力会社の専務が廊下に立ち、そこへ同じようなお礼に参上した会社の幹部の列ができており、立ったまま電力会社の専務が横にたつ秘書の手渡す名詞を相手に渡して、ちょこっと頭をさげてお終いという事だったと聞きます。大会社の専務に対する扱いがこれです。まさにお殿様の会社なのですね。

   この結果、他の先進国の何倍もの電気料金が出来上がったのでしょう。こういう体制を維持するために政治家への手厚い献金、官僚の接待、そしてマスコミ対策と怠りないそうです。東京電力はテレビなどの最大のスポンサーだそうです。福島事故の後ではありますが、テレビで節電しましょうという広告がバンバン出ていました。普通の会社なら当社の製品を買わないようにしましょうなどという広告をわざわざ出さないわけですから、奇妙なしくみです。あまり東電を批判するなというけん制もあったのでしょう。

   昨日の朝の報道番組で猪瀬東京都副知事が、エネルギー問題をどうするかという討論の中で、10年前サハリンの天然ガスをパイプラインで新潟まで運ぶという計画があった。5000億円くらいでできるし、完成するとコストがうんと安くなるのだが、この計画をつぶしたのが電力会社だというのです。そして、独占企業でコストを下げる必要の無い会社だからと嘆いていました。原発無き後、どう電力料金を下げるかが緊急の課題だというのに。

天然ガスといえば、日本の輸入代金は16ドルだそうです。一方アメリカでの相場は2ドルだそうです。原油価格連動制で価格を決める買い方をしているからだそうですが、新たな資源がどんどん見つかって、相場が暴落しているのに、電力会社もガス会社も独占企業だから安く買うインセンティブがないのですね。インセンティブどころが、コストの15%が利益とすると、安く買うと利益が減るのだから始末が悪い。

 こんな独占企業なら、国有企業のほうがましですよ。国有企業にも競争はありませんが、少なくとも、国民の信託を受けた国会議員が監視することくらいはできるでしょう。国民が高い高いの大合唱をすれば、政治家も動かざるをえません。マスコミ対策に広告費をばら撒くというわけにもいきません。私企業の場合は株主総会しかチェック機能がありませんが、株主は無力なだけではなく、利益を上げてほしいので、高コストが株主の利益になります。ですからやりたい放題なのです。

こういう会社だから今回のような大事故が起こったのです。努力や緊張感がなくても会社が経営できて、高コストを実現するために高給をとり、消費者にたいするお客様意識はゼロ、頭を下げる相手もいない、取引先は出入りの業者だけと言う殿様商売ですから。今、地域独占をなくすために送配電分離などの案が議論されていますが、良い案が出るまでは東電だけでなく、全国の電力を国有化した方がよいのではないでしょうか。

生活保護

   人気お笑いタレントの母親が生活保護を受給していたと問題になっています。息子が多額の収入を得ているにもかかわらず、昔息子が貧しかった時代にもらい始めた生活保護を返上していなかったという話です。母親にしてみれば、もらえるものはもらっておけばとか、息子には迷惑かけたくないとか、我侭な気持ちがあったのでしょうが、財政が厳しいこの時代に不正受給は許されません。こんなのは氷山の一角であり、受給者が210万人に増えた今、不正受給はかなりあるのでしょうが、それを見破る行政の能力がないのでしょうね。

   昔は受給用件が厳しかったのですが、民主党政権になってから、各自治体にあまり厳しくするなという指示をだしたそうで、不景気とあいまって急増しているようです。それにしても、テレビで標準世帯のモデルをみて驚きました。夫33歳、妻29歳、子供4歳の家庭で24万円もらえるそうです。それだけではなく、医療保険料や、医療の自己負担もゼロ、教育関係でも免除される費用があり、もちろん所得税もありませんから、グロス所得(税金や各種賦を控除する前の総所得)は一生懸命働いている普通のサラリーマンと換わらないのではないですか?世間体とか、車や家などの資産を持てないとかを我慢すれば、働かないでそこそこの生活が出来るわけで、どう考えても甘やかしすぎです。

   菅元首相が首相になったときに掲げた最小不幸社会を実現しようとしているのでしょうが、国が借金してまでやることですかね。単なるばらまきで票を確保しようとしているとしか思えません。最近の生活保護受給者の特徴は、高齢者が増えたのとともに、現役世代が増えたことだそうですから、この制度を根本的に考え直す必要があります。高齢者にしても、高度成長期に現役時代を過ごして、老後資金をためる機会は幾らでもあったはずなのに、遊びにつかってしまった、子供を作っても子供に世話になりたくないか、子供を作らずに、金を貯めなかったという高齢者を保護する必要があるのかと思います。

   それよりも問題は現役世代です。現役世代の生活保護は身障者や母子家庭、父子家庭など、働きたくても働けない人に限るべきです。今の現役世代は一旦失業して、生活保護に入ると、こんな楽な事はないと、一応義務としてハローワークに行っても、こんな仕事いやだ、そんな所に行きたくないとか色々我侭言って、失業状態から抜けようという気持ちが薄いそうです。年越し派遣ムラの村長さんは、生活保護は最後の命綱なんていいましたが、現役世代ならそんなもの無くても、バイトでもして生きていきますよ。働く気があれば、今の日本で、食べ物も得られないなんていう事はありません。

   こんな社会主義をやっていると、みこしを担ぐ人がどんどん減って、ぶら下がる人ばかりになってしまいます。ギリシャの行く末がどうなるかわかりませんが、あんな状態になっても国民はなお緊縮策はいやだという答えを選挙でだしました。これまで働き以上に消費してしまったツケがきているだけなのに。それは日本も人事ではありません。900兆円の借金は働き以上に消費してしまった結果なのです。それを民主党政権はさらに加速しようとしています。

   こんな国にしてしまったのは元々は自民党が悪いのですが、思想的にはもちろん民主党やその前進の社会党、民社党などが、社会主義的政策で国民の人気を取ろうとしたために、その対抗軸として自民党がばらまいた面もあります。自民党の場合は農民政党という面があり、農民を中心とする地方へのばらまきが過ぎた結果でもあります。自民党が農民政党でありつづけるなら支持はできませんが、純粋な保守政党に変身するのなら民主党よりはましでしょう。純粋な保守政党とは努力したものが報われる社会、努力しない人間が貧しいのは仕方がないという考えをする政党です。

   今の日本には努力しないで、先祖代々の基盤や、親の七光り、組織の既得権益などで働き以上に利便を得ている既得権益組みが多すぎます。機会が均等ではないのです。そういう意味で公正な社会ではないので、逆に社会主義的政策に人気が出るともいえます。江戸時代末期に福沢諭吉が“門閥は親の仇”と述べたように、政治自体が親が政治家であったというだけで、政治家になった二世に占められています。官僚達も既得権益である省利省益を死守することに必死です。

   こう考えると自民党が純粋な保守政党に変身できるかも怪しいもので、橋下さんが率いるような新勢力が日本を変えて公正な社会をつくってくれるのを期待するしかないのかもしれません。橋下さんと石原知事がくっついて大きな政治潮流が出来れば少しは良い方向にいくかみしれません。はかないきぼうかもしれませんが。

少子化対策の決め手

国会で税と社会保障の一体改革の議論がおこなわれています。その中で世代間の不公平を是正するという言葉がつかわれていました。確かに今の仕組みと今後の人口構成から考えると世代間の不公平が存在するといえます。しかし、この不公平は何によってもたらされたかと言うと、引退して、年金や健保などのベネフィットを受ける世代が十分子供を作らなかった事に起因します。

   前にも書きましたが、今のような国主導の福祉制度が出来る前は、自分の老後は自分が準備した老後資金を活用するか、自分の子供に面倒を見てもらうかの二通りでした。このため、子供を出来るだけ沢山造り、しかも、親の面倒を見られるような経済力を持つ、やさしい子を育てるように勤めたはずです。今でも発展途上国では殆どの人がそうしています。ところが戦後になって、老後の準備が出来ていない人や、面倒を見てくれる子供がいない人のために、すべての子供(現役世代)がすべての引退世代を等しく面倒を見る仕組みに変えました。努力した人だけが報われる自由主義から、努力してもしなくても平等に恩恵を分かち合う社会主義的政策が採用されたのです。

   この結果、何が起こったかというと少子化です。自分が子供を作らなくても老後が安泰なら、金と手間のかかる子供を作らなくてもいいじゃないかと考える人が増えてしまいました。人が育てた子に面倒を見てもらおうと横着を決め込む人が増えたのです。考えてみると、生みの苦しみから子育てに金と時間を使った人と、稼いだ金をすべて自分の楽しみのために使った人が老後等しく同じベネフィットを受けるのは公平といえるのでしょうか?

   ですからこういう不公平を正すには、子供を生み、育てた人と、子供を持たなかった人とのベネフィットに差をつけることです。これが少子化を解消する決め手になるはずです。

   日経の経済教室にかかれていましたが、福祉国家が成功するには、国民の公共心が高い事が基本になるのです。国民はきちっと税金や年金保険料などをしはらい、公務員や政治家が汚職をしない国です。こういう国は福祉社会を作る資格もあるし、国民の福祉社会への要望もたかいのです。もう一つは、国民の公徳心の低い国も福祉社会への要望がたかいそうです。国民の多くがぶら下がりたがるからです。前者の典型が北欧諸国やドイツで、後者はギリシャのような南欧の国です。(先進国では)日本やアメリカはその中間としています。しかし、私は日本は中間より下ではないかとおもいます。政治家や官僚は自分達のことしか考えていないように思えますし、国民の納税意識も低く、国の福祉や補助金にぶら下がろうとする人も多すぎます。それと先ほど書いた、自分が子供もつくらないのに、他の人が育てた現役からの給付金でベネフィットを得ようとする人たちも似たようなものです。(そうは自覚していないでしょうが)

   日本の公徳心はこれ以上上がりそうにもありませんから、社会保障の財源がそれほど不足するなら、子供を育てなかった人たちの給付をカットするのがよいと思います。もちろん、子供が欲しくても出来なかった人もいるし、こういう人たちから文句が出るでしょうが、どういう事情にせよ、子供を育てなかった人は、子供の養育に関する費用を払わなかったわけですから、その金を老後資金に貯めておけばよかったのです。子供を何人も育てた人たちは、生活を切り詰めて育てたわけです。ですから福祉を受ける権利があります。社会に貢献したわけですし、福祉制度が出来る前の原点に立ち戻れば、この人たちが自分の子供達から面倒を見てもらえるわけですから同じことです。福祉制度が出来て却って損をしていることになります。

   民主党などの考える福祉の充実とは実は働かなかったり、社会に貢献しなかった人たちを、働いたり社会に貢献した人と同じく福祉を与えるという社会主義政策で、平等主義に見えて悪平等をつくっているのです。7万円の最低補償年金なんて、国民年金を払わない人たちが増えたから、払わない人にも年金をもらえるようにしてあげようという、これまで一生懸命年金を払ってきた人たちを馬鹿にする政策です。その金は消費増税を当てる政策ですが、まじめな人が損をする政策で良い社会が出来るはずがありません。金が天から降ってるわけではないのですからね。

おしゃれ

   最近の女の子はおもちゃを早く卒業して、関心はおしゃれに向いているという報道がありました。もちろん、デフレにあえぐ衣料品や化粧品業界その他が、何とか少しでも売り上げを増やそうと煽っている面もあるでしょう。クリスマスや母の日、バレンタインなどと似ています。しかし、今の世相からすると、母親の影響が大きいのでしょうね。ペットか赤ちゃんかという選択の末、生まれてきた女の子ですから、お母さんの子供の頃のお人形さんを授かったような気持ちになるのでしょうね。ですから、母親の趣味として着せ替え人形よろしく、つぎつぎときれいな洋服を着せて楽しむ結果、子供の方もおしゃれに早くから目覚めるという事でしょう。

   そのようにして育つ女の子の最大の価値観は、自分が可愛く見えるかと言うことになるのは自然です。人生で一番大事な事は自分が可愛く見えるかになってしまいます。勉強や就職や男などはその次の順位です。社会の一員であることや、少なくなっていく現役世代の一人として社会を支えるなんていう気合なんか沸いてこないでしょうね。それはまあ個人に自由だから、我々おじんがなげいても仕方が無いことですが、母親のお人形さんのように育てられた女の子が豊かな人生を遅れるのか心配になります。

   もちろん、女の子だけの問題ではなく、男の子もそうですが、これからの世の中自立して生活できるだけの能力を身につけなければ不幸になるのは本人です。親が何時までも面倒見てやれるはずがありませんからね。一定の年になれば親の方が面倒を見てもらわなければならないのに、そんな力や意思があるか疑問になります。

   そして、子供時代のおしゃれの延長線上として、高校生くらいになると少女マンガから飛び出してきたようなロリコン好みの服装になります。この結果かどうか、男を過度に刺激して、痴漢、暴行、ストーカーなどの性犯罪にあう確率が増えています。学校教師が痴漢をしたり、わいせつ行為をするニュースがたびたび報道されます。けしからん教師が増えたともいえますが、しかし男性の側の視点から見ると、被害者の方が男を挑発しすぎではないでしょうか。町にでると学校の退け時などは目のやりばに困るほど、女子校生の超ミニの制服。殆ど下着が見えそうなスカートです。あれで男を刺激するなと言うほうが無理です。

   もちろん、女の子の方が男を刺激しようとしてああいう制服を着ているのでしょう。刺激したいのは教師やおじさんではなく、同世代の格好いい男の子なのでしょうけど。しかし、刺激されるほうは男性すべてです。昔は学校が厳しく規制していましたが、少子化の時代、そんな事をしたら応募者が減ってしまうのでしょうね。

    アメリカの女性は通勤、通学時には決してこんなセクシーな服装はしません。華美な服装をするのはパーティや恋人とのデートとか、夫婦で高給なレストランに行く時などの、分かった人が出席する集りだけです。それいがいはジーンズにTシャツなど、ごくシンプルで地味な服装で、髪の毛はぼさぼさ、化粧もあまりしません。不特定多数の人前でセクシーに見せるなど意味がないだけではなく、危険だし、さらに金もかかるからです。第一、アメリカで日本の若い女性のようなセクシーな服装をしていたら売春婦と間違えられます。

   でもそんな地味な服装をしていたら異性との出会いがないではないかという反論が来そうです。不特定多数の中から特定の異性が出てくるのは否定できません。しかし、そういう確率よりも、危険にあう確率は高く、金がかかる確率は100%です。アメリカ人はそんな外見より中身を磨く方に努力していますから、異性との出会いも中身(経済力も含めて)を武器にしているのでしょう。日本の場合は外見で異性を捕まえるとすると、飽きられるのも早いですからね。悲劇が起こりやすいといえます。

   あるかしこい日本女性は、本来美人であるにもかかわらず、電車に乗る時はわざとめがねをかけ、深い帽子をかぶり、時にはマスクをかけたりするそうです。そうしないといやらしい男にすぐ目をつけられるからといいます。これ位すれば性被害に合わなくても済む筈です。若い女性諸君、女の子のお母さん、身を守りたければ、発想を転換して、中身を磨く方に価値観を替え、外見で勝負することはやめましょう。男を刺激しないでください。

定年延長

    60才を超えた労働者の定年を65才まで延長する法案が提出されました。年金受給の開始が65才に延長されたことに対応した処置で、一見合理的にみえます。しかし、これにより恩恵を受けるのは大企業の労働者だけでしょう。中小企業の労働者は元々定年制や解雇規制などあって無きがごときものですからね。政府が延長を決めたからと、はいそうですかと、中小企業が能力が不十分な労働者を65才まで雇い続ける余裕はありません。

   大企業の場合は世間体もありますし、組合がうるさいですから、延長する企業がほとんどかもしれません。要するに、大企業の労働組合を支持母体とする民主党の組合へのサービスなのでしょう。そしてこの変更でしわよせを受けるのは非正規とこれから就職しようとする若者でしょう。企業が雇用し続けなければならない労働者が増えるので、当然調整が必要です。非正規を減らしたり、新規採用を減らすしかないのです。大企業労働者の既得権益拡大法案にすぎません。

   大体、能力と関係なく、60才とか65才とかになったら一斉に定年でやめさせるという制度がおかしいのです。本来は企業はその仕事に必要な能力をもった労働者をそれにふさわしい対価で雇用するのが自然です。しかし、企業のなかにはふさわしい対価でという部分を守らなかったり、優越した地位を利用して労働者を不当に扱う事があるので、労働組合が出来たり、解雇規制が法制化されたりの労働者保護の対策がおこなわれました。しかし、それが既得権となり、逆にふさわしい以上の対価を要求したり、ふさわしい能力を持たなかったり、不要となった人員を解雇できないことになってくると、バランスが崩れ、社会や経済全体をおかしくします。当然、このようにして守られている労働者の陰で、能力があっても雇用されない失業者が存在することになります。

   そして、このような労働者優位の条件が守られているのは大企業だけで、中小企業は能力がなかったり、不要になったら切られ、必要になったら中途採用を行うような、むしろ欧米型の雇用慣行が実施されていると言えます。もちろん一般的に中小企業の労働者の方が待遇が悪いのは事実でしょうが、能力がある人は、会社も辞められては困るから、厚遇せざるを得ないという市場原理も働いているはずです。

   今の大企業の雇用慣行や法令では、この市場原理が働かないようになっています。年功序列賃金ですから、定年間際の賃金が能力にかかわらず一番高く、だから定年になったら一斉に辞めてもらわなければならないのです。中には賃金にふさわしい人もいますが、大部分は働き以上の賃金をもらっていますから、一斉に辞めてもらわなければならないのです。

そしてその有能な退職者を10年以上前から韓国や中国の企業が大量に採用し、日本の技術が流出してしまいました。今の家電大手の苦境はそこからきています。いま中韓の企業は自動車関係の退職者をあさっているそうです。数年経ったら日本の自動車産業も苦境に陥ることでしょう。それも定年制があるためでしょう。能力のある人は高い賃金を払い、年齢にかかわらず雇用を続け、そうでない人は能力にふさわしい賃金を払い、能力がコスト以下になった時点で辞めてもらうという、形にしないと、日本の大企業は衰退していくでしょう。

日本経済も低迷を初めてはや20年、そろそろ雇用慣行を大幅に変革しなければならないという時に、労働組合の要求で定年延長や、製造業への派遣禁止など、規制を強化しているようでは話になりません。

こういう事を書くと、大企業に働いている人は自分はどうなるのだと不安や反発を感じる人も多いでしょう。しかし、能力が低いからやめさせられるのはかなわんと悲観的に考えるのではなく、能力を上げるように努力するとか、自分をより評価してくれる会社を探すとか、前向きに考えれば道はいくらでも開けます。プロ野球の選手なんか有能な人はどんどん賃金が上がっていきますし、行きたいチームを選べます。そしてそうなるために努力しています。

日本の大企業では、一部の待遇以上に能力の高い人が会社を引っ張り、能力並みの処遇を受けている人は別にして、能力以上の処遇を受けている人がぶら下がっているという構図です。この下の部分の人が、市場原理を導入することにより、目覚めて能力を高める努力をすれば、日本はもっとよくなるとおもいますけどね。

袋小路

   原発を再稼動させるとか、させないとかでもめています。政府は大飯原発を再稼動させる方針のようですが、地元の大飯町以外の関係自治体は反対しています。地元は原発が稼動していない事で、経済的に大打撃を受けているようです。元々原発を作るような場所は過疎地ですから、放っておいたらゴーストタウンになっていた所が原発の需要により人が住んでいるわけですから、賛成するのも無理はありません。

   確かに原発は恐ろしいですよね。使用済みの燃料が完全に無害になるのに20万年もかかるとか。人類が発生して以来の年数がかかるわけです。しかも、使用済み燃料をどう保管するのかも何も決まっていないのに、原発を稼動すれば使用済み燃料は増えるばかりです。

   しかしこの使用済み燃料の危険性を考えれば、逆説的に原発を止めておいても意味が無いという事になります。原発を運転していても、今のように休止していても、危険な燃料は存在しています。今国内で53基の原発が止まっていますが、そのいずれも危険な燃料棒を現在も冷やしながら保管しているのです。津波が来るかもしれない海のそばで。運休中で冷却保管中のまだ使用できる燃料、あるいはすでに使用済みで冷却中の燃料と、運転中の燃料の危険性に差があるのかどうかは私にはわかりません。しかし、福島事故を見ると、同じように危険であると思われます。

   そういうことなら、運休中だから安全という事はないということになります。津波が最大の問題なら、運休だけではなくすべての燃料を海から離れたところに移動させて保管させるしかない事になりますが、これには膨大な施設が要りますし、当然簡単に出来ることではありません。それよりも保管場所が決められるはずもありません。従い、原発が運転されようと、運休しようが、今の場所で燃料棒を冷却し保管するしかないのです。そこへ津波が押し寄せて、冷却設備が機能しないとなると、同じことが起こるだけです。運休中でも。

   テレビ番組で前原さんが、運休しているからといって、燃料棒が安全だというわけではないのは福島の四号基を見ればわかりますと言っていましたが、
あまりこちらも危険だと言いたくないのか、さらりと言っていただけでした。もしそういう事なら、運休という事には安全性の見地からあまり意味がないではないですか。どうして政府はもっとその事を説明しないのでしょうか?危険性は同じなのだから、どうせなら運転して、電気料金を下げよう、電気の供給を確保しようと言えばいいと思いますが。

   結局、国の借金と同じで、出来てしまったものはもうどうしようもないのです。現に使用中、使用済み核燃料棒が大量に海辺に保管されており、冷却し続けなければ核爆発を起こす危険性を日本はかかえてしまっているのです。これをいまさら無害にする方法はないのです。どこかの山中に施設を作って、そこから半径100km以内は無人化するというようなことが今の日本で出来るとはおもえません。もう出来てしまったものなら少なくとも当面は稼動させて、その間に原発なしで国がまわるような工夫をするしかないのでは?

   もちろん、その後もどんどん稼動を続ければ使用済み燃料も増えていくばかりですから、そちらのほうは、どう処理するのかを含めて、国民的な議論を尽くすべきですが、当面は、稼動しようが、しまいが50歩100歩なら、かどうさせたらどうでしょうね。

   もう一つの国の借金ですが、日本も含めて多くの国が苦しんでいます。これも出来てしまったものを普通の手段ではなくす事はできません。返済のために税金を上げれば、景気が悪くなり、却って税収が減りますし、インフレを起こして税収を増やそうとしたら、金利が上がり、国債価格が暴落します。金融機関が経営危機に陥り、貸し渋りがおこり、景気を一気に冷やします。袋小路に入ってしまっているのです。最後は恐らく、何らかの形で、国債を最終的に受けている個人金融資産がちゃらになって収まるのでしょう。ハイパーインフレの形か、徳政令の形か。結局、国民が金を貯めて自分で使わずに国に金を貸したわけですから、その貸し倒れが起こるだけです。民間ベースではそんな事は珍しくも無いことです。そう考えれば袋小路と言っても原発よりは始末がよいかもしれませんね。

民主主義の終焉

   日本の政局も、ヨーロッパも訳が分からなくなってきましたね。日本では野田さんが命がけで税と社会保障の一体改革をやると宣言していますが、野田さんの命で法律が通るものとも思えません。同じ党内の小沢グループが絶対反対している上に、民主党が参議院で多数を持っていないのですから、どうやって法律を通すつもりか全く読めません。

   ギリシャでは緊縮策にあきあきした国民が与党にノーを突きつけたのですが、かといってばらまき派の野党が多数を制したわけでもなく、これも袋小路で再選挙。フランスもばらまき派の候補がが緊縮派のサルコジ大統領を破りました。これでユーロ圏の再生に疑問符が着きました。

   これらはすべて民主主義の欠陥を露呈したものです。程度の低い国民に主権などわたすからこんなことになったのだと愚痴りたくなります。逆に一部エリート達が政権を握る中国は経済成長を続け、着々と強国への道を歩んでいます。民主主義と言うのは本当に最高の政治システムなのか疑問が出ています。昔チャーチルは民主主義は最悪のシステムだが、これまでのどのやりかたよりもましだという意味のことを言いましたが、そのとおりかもしれません。

   中国では最近政府高官が失脚しましたが、収賄額は一兆円にものぼり、それを外国送金するために利用したイギリス人から秘密がばれるのを恐れて妻がその人を毒殺したというような話が流れてきています。この人は政治的に失脚したために汚職が追求されたわけでして、彼以外の高官もおそらくすべて似たような事をやっていて、権力の座にある間は追求されないだけの話なのでしょう。ですから、こういう貴族政治は優れた人たちが政治を運営すると効率はよいですが、汚職が蔓延して、体制を維持するために人権が抑圧されます。ですから、一般国民の側からすると、こんな体制よりは民主主義の方がましだという事になります。

   結局民主主義以外にベターな仕組みがないとしたら、民主主義でももう少しましなやり方は無いものでしょうか?日本の民主主義は代議士が自分の議席を守るために自分の選挙区の選挙民に迎合しすぎなことです。これが巨額の財政赤字の根本原因です。しかも、ろくに税金を払っていない田舎ではがっちりと組織を固めやすく、当選回数を増やすベテラン議員を輩出し、田舎が政治的主導権をとりやすくなっています。大部分の税金を支払っている都会では、住民が流動的で住民同士の結びつきが希薄で、当選者がころころ変わり、有力政治家が出せません。この結果、本来税金を支払って、見返りに自分達の地域や分野に再投資されるべき都会に金が回らず、田舎にばっかり金がばら撒かれて来ました。これが今の日本をだめにしたのです。

   こういう事を防ぐには、投票権を納税額に連動させるしかありません。政治とは結局、税金の使い道を決めるのが最大の仕事の一つですから、金を払った人に決めさせるべきではないでしょうか。そうしたら利益隠しばかりしている中小企業経営者や自営業者も選挙権がないなど恥ずかしくなって利益を隠さなくなるかもしれません。一石二鳥です。

    こんなことをいうと、基本的人権に反する、金持ち中心の政治になるとか猛反発がでそうです。しかし、今のような衆愚政治を防ぐ一つの方法ではないでしょうか?納税は国民の義務です。その義務を果たさない人が、むしろ納税している人よりも政治力を持つのもおかしな話です。一般的に考えれば、納税義務を果たしている人の方が、果たしていない人より、政治に対して正しい判断を出来るようにも思えます。

    もちろん、税金を払っていても腹黒い人もいれば、税金を払えなくても人格者はいます。納税の有無で政治的判断力を云々できない事はわかっています。しかし、少なくとも税金を支払っている人が、その使い道を決める権利を持つのは正当ではないでしょうか。問題は税金やその使い道と関係のない分野でどうすべての国民の意見を反映できるかですが。いずれにせよ、今のままで、税金や財政資金があまり税金を払わない人の食い物になって、国が倒産する自体を避けるには、日本に限らず、仕組みを変えなければならない時が近づいています。そうしないと、中国のような仕組みに取って代わられることもなきにしもあらずです。

    平和ボケした我々日本人は今の体制が永遠に続くと思いがちですが、ほんの70年前までは日本は今のような体制ではなかったのです。変化が起これば早いですよ。あっというまに激動の時代に入る可能性もあります。

社会入院

   数年前、病院の社会入院というのが問題になりました。病気ではあるが、これ以上治療の方法もない、しかし行き先が無いので入院を続けるというのが社会入院です。こういうケースは普通は自宅療養するのですが、自宅で面倒見てくれる人もいないので、病院に放り込んでおけば食住は何とかなるからというものです。もちろんその費用は健康保険からでました。いわば特養老人ホームの代替です。病院側も保険で費用が出るので、何時までもいさせることが利益につながりました。

   所が、国の保険財政が厳しくなってきたために、一つの病院で入院を続けられるのは三ヶ月に限るとされました。その際、別の病院を紹介はしてくれるのですが、親戚に長らく病気の治らない人を抱える知人は、紹介はしてくれるが必ず下のランクの病院になるとのことです。その結果、それを繰り返して、行き着いた所は、生活保護を受けているような人しか行かない病院だそうです。その人の場合は本当に病気なので、老人ホームに移すわけにも行かないしと困惑していました。

   確かに社会入院は治療がなくても老人ホーム代わりに病院を利用して、健保で費用をださせるという健保の悪用です。政府が、そういう人は介護保険を使ってくださいとしたのは正しいのでしょう。私が気になるのは、本当に治療が必要で治療をすれば良くなるのに、三ヶ月以上入院できない制度が果たして妥当なのかという事です。上述の知人の抱える人も治療が必要だから、老人ホームではだめらしいのです。病気にも色々ありますが、何もすべての病気が三ヶ月経てば治療が必要ない、あるいは治療しても効果がないというものばかりではないと思いますが。

   そこでその知人に質問をしたのが、では保険では三ヶ月以上だしてくれないとして、残りは自分の費用でまかなうというのはどうなのだという事です。後一ヶ月今の治療を続ければ治るとかいう事だってあるでしょう。しかしその知人の答えはノー。後は実費を払うからいさせてくれと言っても病院は受けてくれないという事でした。

   今も混合治療が問題になっています。保険で出る治療に加えて、アメリカなどで最近出てきた新しい治療をしてもらいたいが、それはまだ保険でカバーされないという事がしばしばおこります。しかし日本では、その治療を受けたら、それ以外の保険でカバーされる治療もすべて、保険ではカバーされなくなるのです。これは非常に理不尽な制度だと思います。現役時代に節約して貯めた金を、いざ病気になったときに使わせてくれないのですから。保険でだしてあげるから、個人の金は不要です。しかしそれ以上の治療は望んではいけませんと言うわけです。

   この混合治療禁止の大儀名分は、金のある人だけが良い治療を受けられるのはおかしいという社会主義思想ですが、本当は医師会の反対です。これを認めると先端医療を出来る病院に人が集まり、十年一日のごとき治療しか出来ない病院や医院に客が来なくなるからです。医療が自由競争になると、一日数時間の開業で外車に乗って遊べるような優雅な開業が出来なくなるからではないでしょうか。

   三ヶ月を保険で入院して、後一ヶ月は同じ病院で自己負担で入院するというのも、混合治療になるのでしょうかね。だから病院は受けられないという事になるのでしょう。禁止されているから。最初からすべて自己負担を宣言していれば病院も受けられるのかもしれませんが、病院としては保険と言う担保がないので、余程名のしれた金持ちか、前払いでしか、信用できないという事はあるでしょうね。かくして、そこそこ金のある人でも、普通の人は、三ヶ月ルールが適用されて、だんだん格落ちの病院に落とされて、惨めな療養生活を余儀なくされます。

    何かおかしいですね。老人ホーム代わりの社会入院を禁止するのは分かりますが、本当に長期にわたって治療が必要な患者まで追い出す仕組みは考え直して欲しいものです。これからの高齢化社会に整備するべきルールは幾らでもあるでしょうね。財政厳しい国としては社会保障費を増やすわけにはいきませんが、個人である程度負担したいという治療まで出来ないようにする仕組みはいかがなものでしょうか。

田舎主権国家

   報道によりますと、韓国と中国とがFTA交渉開始とあります。これまで日中韓三か国のFTAを検討してきたのに、日本が進みそうにもないので中韓が業を煮やしたという事です。TPP交渉参加も全く進んでいないようです。税と社会保障の一体改革も先行きどうなることやら?

   何も決められない日本という印象が強いですね。民主主義の弊害が出ていると思わざるを得ません。考えてみれば日本が本当の民主主義国になってまだ70年です。この20年やっと民主主義の弊害があらわになってきました。この弊害は欧米でも出ています。政治家が当選するためにどうしても大衆迎合的にならざるを得ないのです。

   それでもアメリカや韓国のような大統領制を採用していれば、まだリーダーシップは発揮できます。一旦当選してしまえば何をしようが大統領はやめさせられないからです。しかし日本のような議員内閣制では首相は議員から選ばれるために、常に議員の顔色をうかがうしかありません。その議員も常に自分の選挙区の顔色をうかがうしかありません。

    そしてその選挙民ですが、日本のような後発民主主義国では投票の意味を理解しているとは言い難いのです。タレントなど有名人や政治家の二世は簡単に当選し、そういう候補者がいなければ女性ならイケメンかどうかできめたりします。男性は地元にいかに利益をもたらしてくれるかが基準になります。どこかのグループに属する場合は盲目的にグループの方針に従い投票します。
農協の会員は農協の方針に、医師は医師会に、労働組合員は組合にという具合です。そしてこういう団体は自分たちの利益しか考えませんから、政治家もそれに迎合するしかありません。

   そこに欠如しているのは国の現在と未来にとって誰に投票するのが一番良いのかという視点です。子供を溺愛しているくせに自分の子供の将来がどうなってもよいかのように見えますが、そんなことよりも刹那的に、来年金をばらまいてくれる民主党が良いと農民たちは考えるのでしょうね。だから政治家も日本の為なんて考えている余裕はないのでしょう。まず自分の職を確保しなければ話になりませんから。

   それでも都市の住民はまだ少しは高いレベルで物を考えるのではないかと思うのですが、都市の住民は流動的で、住民同士の結束と言うものがありません。ですから当選回数がものをいう政治の世界からは都市から大物の政治家が出にくくなっています。投票率も安定しません。これに対して田舎では住民はムラという組織にがちっと組み込まれていて、必ずボス(議員)に投票することになっています。そしてこのボスが地元に大きな利便をもたらしてくれます。都市で出来た税金を持ってきてくれるし、就職の世話や順番待ちの国立病院や老人ホームに割り込ませてくれるし………

    かくして戦後排出した首相のほとんどは田舎の選挙区から出ています。そしてこの国では都会の発言力が極端に低くなったのです。自分たちがほとんど支払った国税は地方に持って行かれ、東京の道路などのインフラは世界の主要都市と比べても脆弱、住宅街の歩道もない道路を集団登校させられ、電柱は地上に立ったまま、通勤地獄は相変わらずで、老後は公立の老人ホームなど何年待ちでしょうか?最近では生活保護老人のホームを栃木や群馬の私立ホームに委託して悲惨な生活をさせている実態が明らかになりました。一方、田舎では立派な施設の公立ホームが入居を勧誘しているという話を聞きました。保育園も同じです。あれもこれも、都会の人や企業が払った税金を田舎に持って行かれたからです。

    田舎では同じ人が当選回数を重ねて要職に就きやすいと書きましたが、それだけではなく、一票の格差で、田舎の議員の方が人口に比べて沢山当選できるようになっています。これも日本の政治の田舎中心主義の背景でしょう。かくして、日本と言う国は、本来国をリードするべき、人口でも60%を超えている都市住民を無視し、都会を犠牲にした結果、成長を止めてしまいました。TPPやFTAなど、都会の企業や住民にとってはどうしても推進しなくてはならない課題も田舎の人の仕事(主に農業)を奪うとして反対議員が多く、身動きとれません。そうであっても都会の人たちは何も言わず、羊のように田舎主権者に飼いならされているかのようです。都会住民の多くの親がまだ田舎にいるからでしょうか?そうではなく、ただ無関心なだけなのでしょうけど。

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