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日本のここがおかしい

長年の米国でビジネスマン生活をリタイアして 帰国後、日本を覆う閉塞感を見かねて、ブログ をはじめました。5年後閉鎖となったので 引っ越しました。

2012-03

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マナー教育

    2006年にアメリカから帰国後ブログを書き始めて暫らくした頃、学校教育を批判した文章を書いたことがありました。「大体、“卒業時に仰げば尊し我が師の恩”などと歌わせるのはけしからん。教えてやったのだから一生自分に感謝しろとはとんでもない話だ。アメリカでは教師は生徒より偉いという事はない。対等の関係で、むしろフレンドという関係だ。いまだに聖職などという感覚はおかしい。給料をもらう職業の一つに過ぎないのに、先生などと呼ばせて」というようなことでした。

    それに対してある教師と思われる人から反論が来て、「あんたみたいに教師と生徒が対等だとかフレンドだなんていう人がいるから、教室がめちゃくちゃになるのだ。」というようなことをいわれたのを記憶しています。まあ自分がうまく生徒達を制御できない逆恨みのようなきらいがありますが、確かに最近の小学校など、生徒がじっと教師のいう事を聞いておらず、さわぎまくる教室もあると聞きます。

    そうなる直接の原因は教師に威厳がないからでしょうね。子供というのはこの大人は怒らせたら怖いかそうでないか敏感に見分けますからね。まあすべての教師に威厳を持たせると言うのは難しいことではあります。だからこそ日本の学校では教師にカリスマ性を持たせるために先生と呼ばせ、仰げば尊しを歌わせるのでしょう。威厳とは本来は人格に固有のものですが、日本の学校では先生と言う職業に威厳を持たせる努力をしているのだと思います。そういう援けがないと生徒を制御できない教師も情けないですが、援けがあっても出来ない教師は教師の資格もないということでしょうね。

   所でアメリカではフレンドといいましたが、これは天は人の上に人をつくらずの精神です。日本では人(生徒)の上の人(教師)を作っています。アメリカではフレンドだからこそ、教師と生徒は色々なことを話し合い、当然年長者で色々な知識と経験の豊富な教師は自然生徒から尊敬されるのです。日本の場合は教師は偉い人だからと、生徒との間に垣根があるのではないでしょうか?だから教師と言う偉い人に祭り上げさせて威厳を持つ、アメリカは全人格を知らして、自然に尊敬させるという事だと思います。逆に尊敬されないような教師は資格がないということになります。

   それと今の日本にかけているのは子供へのしつけです。前にも言ったように親は、ワンちゃんか赤ちゃんかどちらが可愛いかしらというような選択の後に持った子供ですから、可愛い、可愛いで育てるのでしつけがされていません。心ある人はワンちゃんですら、学校に入れてしつけをしてもらうくらいなのに、学校に行くまでの家庭でも期間にしつけといえば、トイレに行かせる事くらいだったりして。

   これに対してアメリカでは幼児期から家庭でのしつけは厳しいですよ。ですからアメリカ人は大人も子供もマナーはしっかりしています。親子関係もフレンドですが、幼児期のマナー教育は別です。フレンドというのはしっかりしたマナーを身につけさせたうえで、一個の人格として認めて、対等の関係を保つのです。対等と言っても、当然、親の方が知識、経験において比較にならない程多いわけですから、子供をリードしていく事は当然のことです。もちろんある時点で、子供の知識、経験が親を上回るのですが、その後の関係も対等で変わりありません。経験のある人がアドバイスするだけです。

   私達の子供の頃は、小学校でも道徳の時間がありました。その時に必ずしもマナーではありませんが、人間としてやっていいこと、悪いことなどを教わったものですが、その後は日教組の反対でか、道徳の時間もないそうですね。学校でもマナーも教えないようです。

   最近ではモンスターピアレントなるものが増えたのでわかるように、教師のカリスマ性、権威もかなり低下してしまっているようです。そういう時代なら、教師の出来る事は虚像たるカリスマ性を高めるのではなく、人格を磨いて、生徒と垣根を取り払った付き合いをして、自然に尊敬されるようになるしかないように思いますが。もちろんそれはマナーを教えた上のことです。マナーは学校に上がる前に親が教えるべきことですが、学校でも低学年にはマナー教育が必要だと思います。
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AIJと天下り

   AIJの話もひどい話ですね。中小企業が加盟する厚生年金基金の金を預かって運用していたのですが、運用に失敗して2100億円もの金がほとんど残っていないという事です。その事実を隠して、高収益を上げているかのごとく報告書を作成して、新たに投資家を勧誘して、脱退者への返金に充てていたと言います。これらの金は中小企業が社員のために企業年金の資金として積み立てていたものです。中小企業は一社では運用単位にならないので同業者が集まって組合を作り、元金を大きくして運用してきました。

   この制度が出来た頃は高度成長期で運用すれば利回り5-8%位で運用できました。そこでもっと儲けようと国の厚生年金の資金を預かり、一緒に運用して、当初は儲けました。しかし、バブルが崩壊し、運用益は極端に下がり、社員に保証した5%がかせげなくなってきました。失われた10年ではせいぜい1%とか、ひどい場合にはマイナスにさえなっても不思議ではありませんでした。こうなると国から借りていた金にも穴が開くわけですから、それも含めて会社が穴埋めしなければなりません。

   この穴埋めが出来ないと最悪倒産という事もあり得ます。テレビでやっていた神戸のタクシー会社の組合では、一社が倒産すると、残りの会社が連帯責任を負わされているので、負債額が増えていきます。そのたびに倒産が出るので、結局、13社のタクシー会社がすべて倒産しなければ、解決?しないことになりました。こういう事を避けるためにAIJが宣伝した8%で運用できるという勧誘に飛びつき、多くの厚生年金基金が金を出しました。

   しかし今時8%で着実に運用できるなんて言う、うまい話がある訳がありません。浅川社長が手を出したのは、半ば、ばくちのようなデリバティブだったのだと思います。かつて野村証券で支店長を務めたと言って、そんなにばくちが強いのなら自分の金で大儲けできたはずですが、それをしなかった?のは、この投資の危うさを十分知っていたからでしょう。そしてこれだけの損失を出しながら、自分の給料は年7000万円取っていたという事で、まったくあきれた話です。これから、この年金基金加入の会社の倒産が多発していくのは明らかです。

   もう一度説明しますと、もしも組合会社が支払った金が運用に失敗して消えてしまったというのなら、社員に年金を払えないとか、減額するとか、遅らせてもらうとかで対処できるかもしれません。しかし、国の厚生年金からの借り入れの方が組合員の金より多いような現状では、国の借金は勘弁してくれないので、返済できなかったら倒産しかないわけです。先ほど言いましたように連帯保証ですから、一社倒産するごとに残った会社の負債額が増えていく仕組みですから、雪だるまのように倒産が増えていきます。

   そして、最後の疑問はどうしてこんないい加減な投資会社に騙されたのかと言う点です。そこがこの事件の腹立たしいところで、厚生労働省がこの事件の後調査した結果、厚生年金基金の三分の二にあたる335の基金に772人の社会保険庁のOBが天下っていたという事です。社会保険庁は厚生年金から金を貸してやる見返りに天下りを強要したのでしょう。当初はこれでもうかったから良いのかもしれませんが、バブル崩壊後損失の時代になると、今度は借金を返せず、OBにお引き取り願えなかったのでしょうね。そして天下り組のうち半分は投資の担当になっていて、しかも、運用の経験のある人は殆どいなかったというのです。

   そこでAIJでは社会保険庁のOBを顧問として雇い、その顧問は否定していますが、彼の人脈で全国に散らばる基金に天下ったOBたちを勧誘したのでしょう。もともと天下って、午前中新聞を読んで午後には帰るような仕事をしていたOBでしょうから、元OBの誘いに渡りに船と、何の警戒もせずに資金を委託したのでしょう。

   この結果、組合員に倒産が多発するでしょうが、結局、厚生年金から借りた金は返されないことになります。我々がもらっている厚生年金の資金がそれだけ減ってしまうのです。721人もの社会保険庁が天下るために膨大な組合の金が天下りの給料として、また今回の運用失敗損として消え、さらに我々の国が干渉する厚生年金まで減るのです。野田内閣が消費増税しなければ持たないと叫んでいる原因の一つにこの国の損失も入るわけでしょう。

   こういう事を考えても、この国は官僚、役人に食われてしまっているという事がよくわかります。

コミニケーション能力

   自分はどちらかというと人見知りする性格ではあります。しかし就職先は商社を選びました。そして営業畑に配属され現役時代を過ごしました。元々商社というのは営業が目的の会社ですから、営業に配属されるのは当たり前のことです。同期でも経理や人事などに回された人たちはショックを受けていました。人見知りする自分が営業中心の会社を選んだのは華やかな外国貿易にあこがれたからでした。それでも、初めての相手に飛び込みで営業活動をするには勇気が要りました。幸い会社の名前で門前払いされることは殆どありませんでしたので、慣れると積極的に新しい取引先に飛び込んで行き、それなりの成功を収めました。

    しかし、そういう商社でもかなりの営業マンは先輩の作った取引先を引き継いだだけで現役を過ごしていました。単位の大きい企業同士の取引ですからそれでも、それなりの業績を残せるからです。決まった相手と飲んだりゴルフしたりで親密になれば商売になるという恵まれた環境だったかもしれません。この人たちもやはりひとみしりが私より強いのかもしれません。

    こんなことを書くのも先日取り上げたNHKのドラマを見たからです。大学で化学を専攻して、ペイント会社で色の調合だけを担当してきた人が突然失業しました。しかし、キャリアを生かす仕事はありません。一般的に職種として一番多いものの一つは営業職でしょう。営業と言っても色々ありますが、いずれにせよ人に物を売り込む商売です。多くの場合は初めての人に、はじめましてと売りこむのです。私のように会社の名前で相手がまともに相手してくれる場合などは幸運で例外的でしょう。ですからこの理科系の技術者がとつ全営業をやれといわれたら、そんなこと出来ないと思うのは当然かもしれません。

    しかし、どうもこういう人見知りの性格は日本人特有なものではないかという気がします。日本人は単一民族であるから、以心伝心が利き、だから言葉は多く必要が無いのだというような話があります。男は寡黙がよい、男のおしゃべりはみっともないとも言います。しかし、外国では全く逆です。アメリカ人の男は良くしゃべります。アメリカに居て驚くのは、知らないビルに行ってエレベーターに乗ったりしても、すぐ良い天気だなと話しかけられることです。むしろ彼らは人を見て黙っているのが苦手なのだと思うほどです。

    特にアメリカは他民族国家ですから、以心伝心はありえません。はっきり言葉で言い表さないと何にも伝わりません。ですから、アメリカでは子供の頃から家庭でも学校でもプレゼンテーション能力、コミニケーション能力を磨かせます。ですから、アメリカ人は他の事は出来るが営業は苦手と言う人はあまり居ないように思います。もちろん、営業は人としゃべれればよいというほど単純なものではありません。競争ですから、多くの工夫がいりますが、それは別問題でドラマの主人公は人に飛び込みで売り込むことが出来なかったのでしょうから、プレゼンやコミニケーションになれていなかったのでしょう。初めての人には以心伝心は通じませんからね。

   最近では日本独特の以心伝心主義以外にも、兄弟が少ない、近所で友達と遊ぶ機会がないというような若者が多く出来ていることでしょう。もちろん、気の合った友達がいればべらべらしゃべる若者が殆どでしょうが、営業は気のあった友達とするのではありませんから、友達以外の普通の人に自分の考えを伝える能力を磨く必要があります。その点日本では学校教育でプレゼンテーションの訓練をさせているところは少ないと思います。人前でどうどうと自分の考えを伝えられるようにならないと、これからのグローバル競争には勝ち残れません。技術者だから寡黙でよいというわけではないのです。


話は飛びますが選抜高校野球で石巻工業の安部主将がおこなった選手宣誓は感動的でしたが、どうどうとしていて大したものです。やはり甲子園に出るような野球部の主将になるような選手は違うものだと感心しました。

   日本には多くの優秀な若者が居ますが、どうもその割合が低下してきているようにも思います。自分の好きな道に精進して突き進んでいる若者はすばらしいですが、親から言われていやいや勉強している若者は結局何ものこらないまま、フリーターへの道を歩いています。こういう若者の情熱を引き出すような教育をするために文部科学省から現場まで、考えて欲しいものです。長年大学受験の準備だけの教育というワンパターンをそろそろ大胆に変えるべきときです。

若者の悲劇

   今春卒業する大学生の就職内定率が8割程度だそうです。2割が正社員就職できないという事になります。その上、就職後3年以内に辞める人が多く、結局、大学、専門学校卒業生が安定した正社員として卒業数年後に働いている割合は48%にすぎないと政府が発表しました。高校卒業生に至っては3人に1人しかいないというのです。もちろん正社員でないひとも、派遣や契約社員、フリーターとして何らかの形で働いているもので、遊んでいる人が多いわけではないと思いますが。

   しかし、考えてみるとこれも当たり前のことかもしれません。企業が採用を絞っているとか、中小企業には行きたくないとかのミスマッチが言われていますが、そもそも私立大学の半分が学力審査なしで入学できるそうですから、国公立を足してもかなりの大卒には、本来大卒として備わっているべき学力を身に付けないで卒業することになります。就職内定率8割ということは、この学力の無い人まで、あるように見せかけてそれなりの企業にもぐりこんだという事を表しています。その人たちが入社後、メッキがはがれて辞めていくという事もあるでしょう。そう考えると正社員が半分しかいないという数字にさもありなんという感じもします。

   私は普段からブログで今のような形の入試や、それに呼応した中高の授業内容には問題があると指摘してきましたが、しかし、少なくともこのつまらない勉強をやりぬいて、大学の学力審査をパスした学生には、忍耐力や根性は認められると思います。こういう人たちは入社後も、自分の思いと違う仕事でも耐久力はあるのだと思います。問題は、こういう無味乾燥な授業をいい加減に過ごして、かといって他の、意味ある勉強をしたわけでもなく、無試験で大学に入った若者は、たとえ、うまく大企業にもぐりこめたとしても、その厳しさについていけないのではないでしょうか。

   もちろん、そんな若者でも高度成長期には人で不足と言う環境があったので、会社の方が若者に合わせてくれるというようなこともあったでしょう。前の世代は幸運だったと言えます。しかし、今のように厳しくなり、大企業の有効求人倍率が0.65というような現状では、会社は環境にマッチできない若手社員など使い捨ててもよいのですから、こういう結果になるのでしょうね。代わりはいくらでもいるのですから。

   それよりも理解できないのは中小企業の有効求人倍率が3.5と高率なことです。つまり求人3.5人に対して応募者は1人しかいないということです。中小企業は人で不足で困っています。それなのに、非正規労働者になる方が中小企業の正社員になるより良いというのが分かりません。今の大企業も創業時はすべて中小企業だったのです。今、日経の私の履歴書を書かれている大和ハウスの元社長に樋口さんは、関西学院を卒業後中小商社に就職、数年でやはり当時は中小の、今でいうベンチャー企業であった大和ハウスに中間入社されました。その働きぶりはすざましいものでしたが、仕上がりは押しも押されもしない大手企業の社長です。逆に大会社に就職しても、その会社がどうなったかわかったものではありません。

   アメリカなら樋口さんのようにジョブホッピングは当たり前です。(樋口さんは一度だけですが)日本でもできないことではありません。これはと思う中小企業に就職して、そこで仕事をとにかく覚えるのです。そして精一杯働き、これ以上道は開けていないと思ったら、より高度な仕事を出来る職をひそかに探せばよいと思います。日本では正社員にならないと仕事を覚えられませんから、そうしないと悪循環に陥るだけです。そんなに中小企業を嫌わないでほしいものです。

   もっとも大企業志向と言っても、それは親の志向である場合も多いようです。親が、せっかく大学までやったのだからと中小企業を認めないと聞きます。そういう親の意志で学力なしで大学を卒業させてもらった若者なら、中小企業に行っても、長続きしないのかもしれませんが。勉強を嫌って育ってきた若者は仕事も嫌うという事なのでしょうね。そうなると根本的な教育の仕方に行きつきます。子供が楽しみながら学力を身に付けられる授業、個性を尊重して、その子が好きで才能のありそうな部分を徹底的に伸ばす教育とか、忍耐力を身につけるために、甘やかさずに、欲しいものは自分で手にいれさせる家庭教育とか、教育の原点に戻って考え直さないとこの問題は解決しないような気がします。

打たれ強さ

   もし明日家族が失業したらというNHKのドラマを見ました。主人公の夫は大学で化学を専攻後42歳までペイントメーカーで色の管理の仕事をしていましたが、突然リストラされます。奥さんと子供二人がいますが、失業後半年間は仕事を探しながら、失業保険で生活します。それでは不足で貯金の取り崩しもありました。夫はハローワークに行くのですが、どうしてもこれまでやってきたキャリアを生かせる仕事にこだわります。職員からはそんな仕事はありませんよと言われるのですが、それではこれまでの俺の人生は何だったのだと苦悶するだけです。どんな仕事でも生活できればよいとはなかなか心を変えられません。

   失業保険も切れて、やっと踏ん切りをつけ、営業の仕事をやってみますが、俺にはとてもできないとすぐに辞めてしまいました。結局、最後はこのままだと奥さんが子供を連れて実家に戻るしかないところまで追いつめられて、やっと三交代の機械組み立ての仕事をやる決心をしたというお話です。

   この主人公を見ていて、自分のキャリアにこだわる頑固さに腹が立ちました。むかし、アメリカでNASA関係の予算が大幅にカットされたことがありました。その結果、多くの失業者が出たのですが、失業者の多くは博士号を持つような高学歴、ハイレベルの人でした。その時代、NASAのあったフロリダでは博士号をもったガソリンスタンドのポンプマンやタクシー運転手がごろごろしていたと話題になったものです。もし自分のキャリアの誇りを捨てられなかったら、そういう仕事をしなかったはずですが、さすがアメリカ人は柔軟だなと感心した記憶があります。もちろん、この人たちは、そういう仕事をしながら、やりがいのある、あるいは高収入の仕事を探すのです。

   私が思うに、日本人は子供の頃から親に十分与えられすぎて、小、中、高と、やるのは学校と塾の勉強だけという子供がほとんどです。大学に入ってやっとバイトをやる人もいるという程度でしょう。そして大学で職業とは直接結びつかないような講義を聴いたり聞かなかったりで卒業し、会社に就職したら、会社から回された部署で一生を終えるというパターンが一般的です。こういう風に人生を過ごしていると、その人が経験したのは、ドラマの主人公のように、ペイントの色の配合だけで、それ以外何もありません。突然失業したら、これまでのキャリアを生かせる仕事がなかったら、未知の世界の飛び込むしかないのです。

   その点、アメリカの若者は子供の頃から、こずかいを稼ぎたいから、実にいろいろの仕事を経験します。こずかい稼ぎでなくても、日本みたいに親が何でも買ってくれないから、自分で造ろうと工夫して、自然、いろいろな技能を身に付けます。大人になっても、金がないので、家を自分で建てるなんて言う人もいます。家の修理、車の修理などは日常茶飯事で、子供も親の作業を見て育ちます。アメリカで友人になった人が、教師を引退したら突然に今日本にいるという連絡を受けました。何をしているんだと聞くと、当時流行の輸入住宅を建築するために、大阪府下の現場に寝泊まりしているというのです。そういえば、その人は、家のリモデルなんかも器用にこなしていたのを思い出しました。

    このようにアメリカ人は若いうちから多くの仕事を経験し、失業しても、食いつなぐ術を身に付けている人がほとんどです。アメリカは流動的な社会で、すぐに首になったり自分で辞めたりしますが、日本人よりもっとたくましく生きるすべをしっていると感じました。日本の労働者は解雇規制に守られて、会社から配属された職場で積み上げたキャリアを大事にしていても、定年までいられる人が大部分かもしれませんが、これからは今回のドラマのように、そうは行かなくなるでしょう。若いうちからいろいろな事を経験することが重要だと思います。中学生くらいからバイトし、社会を垣間見て、高校、大学ではクラブ活動だけではなく、ボランティア活動も積極的にやるべきです。そういう体験が打たれ強い人間を作ります。子供に、あなたは勉強だけしていれば良いの、欲しいものは買ってあげるからと、無味乾燥な受験勉強だけをさせるよりよほど良いと思いますよ。

これも過保護

   労働者派遣法が大幅に改定されて、衆議院を通過したそうです。民主党が野党時代から主張していた、製造業への派遣禁止を取り下げたため自公が合意したものです。そもそも民主党の主張には無理がありました。小泉政権に対する反対の為の反対であったように思われます。民主党の主張は派遣を禁止したら、正社員に雇用せざるを得ないから正社員が増えるという事だったのですが、そんな事になるはずはないのです。

日本の製造業は今回の大手家電メーカーの巨額赤字に見るように人件費の安い発展途上国から激しく追い上げられ、追い抜かれています。そういう環境だからこそ、コストの高い正社員では会社がつぶれるか、海外立地を目指すしかないので、必要な時だけ雇用できる派遣という制度が出来たのです。この制度が出来なければ日本の製造業の海外移転や廃業は加速したはずです。そうなれば、派遣と言う形で残った職も失われるわけです。そもそも仕事内容が同じなら、人件費が十分の一の中国などと競合できるはずがありません。

労働者保護は大事な事ですが、合理性がなければ保護にはならず、逆効果になる例です。背景には大企業=悪、労働者は搾取されているという、社会主義の亡霊があります。旧社会党を飲み込んだ民主党が社民党と共闘した政策ですからね。政策を出すなら、染められた主義、思想に拘泥するのではなく、社会がどのように動いているのかを良く見極めて欲しいものです。

この例でも分かるように、より豊かな社会をつくるには経済を活性化し成長させなければなりません。産業が外に逃げるような政策では話になりません。弱者の救済は大事ですが、角を矯めて牛を殺してしまっては本末転倒です。ところが最近の政策は自分を弱者と考えている人が多いせいか、大衆=弱者迎合の政治が多いですね。高齢者、農民、失業者、地方の過疎地の住民、被災者と弱者だらけです。このうち被災者は一時的な弱者であり、政府の復興予算により、経済活性化の引き金になるので、良いとして、それ以外は単なるばらまき政策が多すぎます。国の予算を使うなら、できるだけ、支出が乗数効果を発揮するような方向性を出すべきです。

生活保護が急増していますが、働かないで13万もらって、税金、各種保険料、医療費が無料だとなれば、実質20万近くの総収入に匹敵します。時給800円で1日8時間、20日働いて13万位しかもらえないのですから、失業して一旦、生活保護受給者になるとあほらしくて仕事を探す気にもならないでしょう。これもばらまきの一種ですね。その上、不正受給が蔓延しているそうですから、福祉が食い物にされています。

東京都の一世帯の人数が二人を割ったそうです。最近、孤独死が増え、中には餓死や、介護している人が病気で死んだので、非介護者が餓死したなどという悲惨な事件が報道されています。これからますますこの種の事件が増えていくことでしょう。こういう事が起こると住民は、市や担当部局は何をしているのだ、防げなかったのかと行政を非難します。しかし、このなかの多くはセルフネグレクトと呼ばれ、もともと行政や人に頼る気の無い人がほとんどだそうです。民生委員などが、お年寄りがいるからと、何度訪ねても玄関に出てもらえないと嘆いています。餓死などするまえに生活保護の申請だって出来るわけですが、そんなことをする気もない人も多いようです。

こういう状況で行政を批判すると、行政は人を増やして、現状を把握して、見回りを増やすしかありません。貰いたいと思っていない生活保護をむりやりもらわせるという、不正受給と正反対の皮肉な事になります。こういう人たちも一種の精神的病気なのでしょうから、誠に気の毒ではありますが、自分から保護を求める気の無い人を、大幅に人員を増やして探し出して生活保護を受けてもらう、介護サービスを受けてもらうというような事をしていたら、いくら税金があってもたりません。行政を批判する市民の人たちも、こういう目的なら増税するという意志があるのでしょうか?震災に同情しながら、近くにがれきを持ってくるのは猛反対する人たちですから、所詮口だけだと多いますが。

福祉は大事ですが、あまり弱者保護に国のエネルギーを注ぎすぎると、コストが高くなり過ぎて、産業にとっては非常にいづらい国になります。牛を太らせて、太った牛の肉をみんなで分けるようにしないで、牛がやせていたり、小さいうちから肉を削り取るような事をしたら、国がこけてしまい、貧しい人がさらに貧しくなり、優良企業や優秀な人が流出という事態を招きかねません。社会主義の実験は失敗に終わった事を忘れてはいけません。

可愛い!

   子供に自立を促せなんて書きましたが、今のお母さんに出来ますかね?なにせ子供を持つ動機が、わんちゃんか赤ちゃんかどちらが可愛いかしらなんていう比較の結果、運よく選ばれて生まれてきた子供ですからね。自立などお母さんの最も嫌うところというか、そもそも生んだ目的に反するのでしょうから。ずっと私のそばにいて、私が可愛がる対象で居てほしいと、心の底では思っているのではないでしょうか?

   でも子供は大きくなります。その内言うことを聞かなくなり、時にはおい、ばばあなんて呼ばれるかもしれません。こうなったら可愛いというより憎たらしくなってくるのですが、その時になって自立して欲しいと思っても後の祭り。勉強なんかくそ喰らえで、せめて大学くらい出てという母親の切ない希望を聞いてやって、学力なしに入れる三流大学に入学、大学に行ったのだから一流企業で正社員という親の切ない希望で中小企業は選択肢に無く、結局フリーター。親から金をせびり続けて、その内、親の年金に親子がぶら下がるというような悲喜劇になりかねません。

    どこで間違えたのかしら?と自問してみたら、そもそも赤ちゃんを産む動機にペットとの選択肢の一つであったことに気がつくでしょう。ペットにもしつけ程度の教育はしますが、将来自分で身と立てなさいという、自立を促すような育て方をするはずがありませんからね。ペットが自立して、家を出て行ったら意味がないのも確かですし。自立してくれないわが子を嘆いて自問してやっと、自分の犯した間違いに気づいても時すでに遅しです。死ぬまでその子の面倒を見ていくしかありません。そして、わが子の行く末を憂いながら死んでいくことになります。

    少子化の時代ですから、ペットと天秤にかけられて生まれた子でも、数字上は国の援けになるのかもしれませんが、実際には社会にとってもぶら下がりになり、カウントできない事になります。そんな動機なら生んでもらわなくてもと言いたくなります。

    問題は今のお母さん予備軍の若い女性に幼稚化している人が多いことでしょうね。テレビを見ていても若い女性が気に入ったものを表現する形容詞としてもっとも使う言葉は“可愛い!”のように思えます。昔は素敵とか、きれいとか別の言葉だったと思います。この人たちは子供の頃から可愛いお人形を一杯与えられて育ち、可愛いが最高の価値観になってしまっています。ここに目をつけた商魂たくましい商売人がユルキャラなる物を作り出して、各地でブームになっていることから見ても良くわかります。

   彼女らにとっての最高の価値観が可愛いですから、赤ちゃんとワンちゃんを天秤にかけるのも、さもありなんです。これを防ぐには、彼女らの教育方針を変える必要が有るのではないでしょうか。まず与えすぎないことは大事です。女の子が出来たからと両親も祖父母も競って可愛がって、どんどん可愛いグッヅをプレゼントしまくるのはやめましょう。これからの時代、女性といえども職業を持って、自立しなければならないのですから、小さい時からそれを吹きもむのです。そして少し大きくなると家庭でも学校でも、赤ちゃんは可愛いけれども、自立できる子に育てるには親に大きな責任があることを教えてください。そうしないと、子供の小さいうちは可愛いですが、その期間がすぎたら、大きなお荷物になり、人生を棒に振るかもしれないと教え込むのです。

   もう一つはこれからの時代、年金もあてにできないのですから、しっかりした子供を持って、自分の老後に困窮したら助けてくれるかもしれない子供を持つ事は大事だと認識させるのです。高度成長時代は終わり、また昔の、家族助け合いでやっと一家が生きられる時代が来るかもしれません。そのときにはしっかりした子を持つかどうかが勝負です。その為には子供を複数生んで、それぞれをしっかり育てて、自分の老後を支えてくれるようにするのです。それしか、安定した老後を過ごせない時代が近づいているのでしょうから。可愛いという価値観は持たせないような教育が大事です。

プロフェッショナル

   私はブログでこれまで教育改革のことを書いて来ました。家庭では子供を甘やかし、学校は画一的な受験を目的とした授業中心では、最早高度に発達した現代社会では通用しないのです。並みのことしか出来ない労働者は中国人など発展途上国の労働者に代替されます。代替されなくても賃金が彼らに近づくしかありません。先進国の労働者と胸を張って誇るには、中国の一般労働者にまねできない高度な技能を身につけるしかないのです。そして、日本の子供の多くはその経済的にはその機会を与えられています。

    しかし日本の家庭では勉強を動機付けることを出来ず、学校では一般労働者を養成する大量生産の手法しかとっていません。子供は一人一人違うのに型にはめた教育しかしません。これでは並みの一般労働者を大量生産するだけです。そしてこの並の一般労働者が外国人に取って代わられるか、余剰から賃金が下がってきているのです。

    先日、NHKの番組でオランダの小学校の事を放映していました。生徒達は殆どが学校が好きと答え、学力は世界でトップレベル、それでいて、勉強する内容を自分できめさせるそうです。好きなことを勉強して学力がつくというわけです。というか好きになるからこそ学力がつくのでしょうね。例えば港町では船を見せて、船員にあこがれる子供達に、表面が100平方米の船の外側をペンキで塗る場合、一缶13平方米ぬれるペンキなら何缶いるか?というような問題をだします。そして、こういう計算が出来なければ船員さんにはなれないのだよと教え、算数をなぜ勉強しなければならないかの動機づけをします。

    これはほんの一例で、あらゆる学課や段階でこのように、なぜこの事が役に立つのかを認識させながら教育していきます。そして、勉強の内容もある程度本人に選ばせます。そこにあるのは自立の精神です。上から押し付けられるのではなく、自分の選択で、自分のために勉強するのだという事です。そして、小学校高学年になると自分の将来の職業を言わせます。医者になりたいと答えたら、そのために必要な勉強とそのレベルを伝え、それに向かった勉強を子供が自発的にやるようにしむけます。日本の若者のように大学生になっても何になりたいか分からず、卒業したら自分探しの旅に親が金をだしてやるのと大違いです。

    それと小学校でも留年があります。学力が水準に達していない生徒には留年させます。生徒のほうから留年したいと申し出ることもあるそうです。その点は私がいたアメリカでも同じでした。日本から来た、まだ英語が十分に出来ない子などはむしろ下のクラスに入ることを薦めます。日本だと、子供の学力をキャッチアップさせることよりも、留年など恥ずかしいと親も子供本人も考えてしまいます。橋下さんがこの方針を打ち出していますが、日本の現状では難しいのでしょうね。

    結局、日本との根本的違いは、子供を早く自立させること、子供の個性にあった教育、子供の意思を尊重し、その代わり自己責任であることを植えつけることです。こういう教育をするためには、今の文部省の全国画一的な教育をやめて現場の自主性に任せるだけではなく、教師と生徒の割合も変える必要がありますし、教師の再教育も必要でしょう。大学の改革も必要ですね。

    今の日本の大学は経済、商、法、文の文科系、理学、工学、医学、農学などの理科系のすべてか一部をそなえた、画一的な大学ばかりです。その大学が難関といわれる国立の超一流校から、何の学力もなしに入れる私立校までそろっています。三流大学は学生をあつめるの四苦八苦して、誰でも入れるようになってしまいました。それ以前は大学に入るにはかなり勉強しないといけないという事で画一的ながら受験勉強に励み、それなりの学力がついたのですが、最近は一部の一流大学を目指す生徒以外は、その勉強もしなくなりました。

    これらの三流大学は、一流大学と同じカリキュラムで学生を集めるよりも、職業を見据えた、専門学校化するほうが余程ためになると思いますがね。どこに出しても通用する技術を身につけさせるのです。実績を上げれば志望者も増えていくと思いますが。

     これからますます高度化する社会に、子供を送り出す親も、学校も小さい時から徹底的に自立を促し、自己責任で将来を作り上げるしかないことを教え、子供に将来像を描かせて、それに必要な勉強を自主的に、徹底的にやらせることでしかプロフェッショナルは育ちません。今後の日本はプロだけがよい生活が出来て、それ以外の一般労働者は発展途上国と同じレベルの生活に甘んじるしかありません。

真の成長戦略

    近年の日本の凋落の原因としてこれまで多くの要因を挙げてきましたが、つまるところは日本全体が時代対応できていないということになるのでしょうね。それではその時代とはどういうものか?ベルリンの壁が壊れ、冷戦が終了し、大国ロシア、中国が世界市場に参加したこと、IT技術はどんどん進歩し、情報が瞬時に伝わる時代、交通が発展し、人の移動が格段に優しくなった時代、まず韓国が、そして中国が離陸して、世界経済競争に参加した時代、そして日本では少子、高齢化が一段と進んだ時代です。

   こういう時代なのに政治がほとんど機能せずに、なりゆきに任せるどころか、再配分を唱える民主党に政権を渡してしまいました。要するに、時代に対応して経済を強くすることによりデフレを防ぎ、経済を成長させるのではなく、これまでの遺産である国民や企業の資産を、時代のあおりを受けて困っている弱者に分けることにより、不満をなだめる政治を目指したのです。

   しかしこの変化の激しい時代には、積極的に攻めの姿勢をとらないと、沈んでいくばかりです。攻めの姿勢でそれが当たってやっと現状が維持できるという事でしょう。民主党の政策は結局、国の借金を増やしながら、弱者に配分して票がとれれば良しとするという程度のものです。

   日経の経済教室と言うコラムに伊藤元重東大教授が成長とは何かという論文を書いています。これを噛み砕いて要約すると「産業革命前は仕事の中心は力仕事であった。これをレーバーという。ところが機械が登場して、これらの仕事が奪われた。労働者たちは機械打ちこわし運動を行ったが、時代の流れを止められなかった。しかし少し時が立つと、産業革命の成果で経済が成長し、事務所の仕事が増えた。この仕事をワークと呼ぶ。労働の質は変化したが、労働の需要は増えて、力仕事の減少を補った。事務所の仕事はタイプを打ったり経理をやったりで、力仕事の労働者が出来るものではないので、一方では悲惨な失業者も溢れた。

   今、情報化社会とグローバリゼーションで、ワークの仕事が減ってきた。そして必要なのはプレーである。プレーとは野球がゴルフの選手の仕事も表すが、このように高度な技術で技術開発したり、国外に移転した製造拠点を企画、立案、コントロールしたり、ソフトを開発したり、ITの進歩を主導したりするプロフェッショナルの仕事の事である。産業革命前の力仕事の労働者がすたれたように、ワークの労働者が今すたれつつあるのに、日本ではプレーの労働者が少ししか育っていない事が今日の停滞をもたらしている。」と言うようなことでしょう。

  もちろん高度な技能を身に付けるのは、これまでの事務仕事の延長線上では無理でしょう。学校時代から強い意志をもって専門性を身に付けていかなければなりません。イチロー選手など、おそらく子供の頃から、学校の勉強なんかそっちのけで、野球三昧の生活の結果、ああいう高度な技術が身についたのでしょう。そこまでいかなくても、どんな種類であれ高度な技術を身に付けなければ十分な生活が出来ない時代になってしまったという事を認識するしかありません。

   そのためには親は子供を旧来型のワークの道に入るように通常の受験勉強をするように誘導しても意味がないでしょうね。この手法により高度な技術を身に付けられるのはごく一部の上位大学に合格できる秀才だけです。それ以外は、なんとかまだ残っているワークレベルの仕事に就職できて、不安定な生活を送る人と、少なくなったワークの仕事にも就けず、足りない時だけ必要とされる非正規的な仕事で貧しい生活をおくるしかありません。

   こういう人たちは、一応の受験勉強をして、高度な技術に結びつかないむだな勉強に時間を浪費したか、その勉強もしなかった人たちでしょう。そんな無駄な時間を使うなら、才能を生かして、それに徹底的に時間をつかって、その分野の高度な技術を身に付ける方が余程成功に近づきます。朝ドラの小篠三姉妹の成功を見ていればよくわかります。

   学校教育も生徒の個性を見極めて、才能を伸ばすような教育に転換するべきです。今の画一的教育は50-100年前の大量生産時代に必要とした、均一労働者を作るための仕組みなのです。どんな子でも、向き不向きはもちろん、好き、嫌い、そしてなんらかの才能と言うものがあるものです。イチローのような高度なものでなくても、広く浅く程度の能力では通用しない世の中に、その子の持っている一番の才能を究極まで磨いてやる教育こそ今必要なのです。日本経済を再び成長の軌道に乗せるには迂遠かもしれませんが、教育から大改革していくしかありません。頭の固い文部省にすべてを握られているような日本の教育システムではだめです。イチローだって先生のいうもっと算数やりなさいという指導を無視さたからこそ、あそこまでなれたのでしょうから。

独裁者

   エルピーダが倒産しました。日立、NEC, 三菱電機がお荷物になった半導体部門を統合した会社です。統合で規模の利益を狙ったのかもしれませんが、企業文化の違う三社がくっつくことによるマイナスも大きいでしょうから、ただくっついただけでうまく行くはずもなかったということなのでしょうね。直接の原因はライバルの韓国メーカーのウオン安や安い人件費に円高の日本では対抗できなかったという事ですが、結局、何の工夫も無かったという事でしょう。同じ半導体メーカーでもアメリカのインテルなどは相変わらず高収益を上げています。

   アメリカではコダックが倒産しました。デジカメ時代への対応が出来なかったようですが、ライバルの日本メーカー富士フィルムやコニカミノルタは好調な業績を上げています。日本の二社はフィルム製造技術を転用した製品にいち早く進出して成功したのです。

   報道によるとマザーズ上場の会社は平均で50%の増益を上げるのに対し、東証上場の会社は28%の減益だそうです。詳しい分析も何もしていませんが、東証に代表される企業はサラリーマン化していて、保守的なのに対して、マザーズ上場の新興企業は創業者が自分の判断で正しい方向性に導くだけではなく、スピーディに実行できるからではないでしょうか。ソニーもかつてはそうでしたが、ユニクロはじめ最近の絶好調企業は創業者が元気にがんばっている会社が多いですね。やはり企業は経営者であるという感を強くします。

   逆に言えば、日本の大会社は殆どサラリーマン経営者であり、社員からのすごろくでたまたま上がりで社長に成った人が殆どです。要するに周りや先輩の支持で社長になれたわけで、思い切ったことは殆ど出来ないのでしょう。欧米の企業なら、日産のゴーンさんのように、しがらみなしに、改革するといったら、社内の効率の悪い部門や取引先をばっさり切ってしまうことが出来るのですが、日本の経営者は社内外にしがらみが多すぎます。これができるのは日本では創業者がオーナーである企業だけです。

   もちろんアメリカのように他から経営者をヘッドハントして、強い権限を持たせて、誤った方向に行けばとんでもない事になるという可能性もあります。日産の場合は外人だから日本人は従ったのかもしれません。日本人の社長が他社から舞い降りてきたら強い抵抗を受けて、がたがたになる可能性も有るでしょう。しかし、それは経営者の能力しだいです。延々とサラリーマン社長でしがらみに撒かれた超保守経営をしているうちに世界に取り残されるよりは、会社にとっては余程よいはずです。

   もっともアメリカの場合は株主の力が強いから出来るのであって、日本の場合は、経営者と社員が会社を私物化してしまっており、株主の人事への介入の余地が殆どありません。だからこそ、社長の座を先輩から後輩へとたらいまわしに出来るのです。この辺から改革していかないと、創業者が引退したらそれでおしまいというようなことになってしまいます。アメリカの株価がリーマンショック前を回復したのに日本の株価回復が遅れていますが、我々は日本の株など買う気にはならないからです。こんなに株主権を無視した会社ばかりなのですから。その中で唯一買う気になるのが、有能な創業者社長が健在な会社です。ワタミでも業績が伸びていますが、創業社長が居酒屋のノウハウを生かした介護事業への進出、更に高齢者への食事の宅配と次々と新規事業を展開しているからです。

   考えてみると日本の大会社の経営者不在は日本と言う国にも言えることですね。首相が与党の仲間の議員から選ばれるわけですから、支持議員のしがらみから、彼らの嫌う政策などできっこありません。この20年の停滞はその事を物語っています。今、橋下ブームですが、国民は小泉以降の首相の無力にあきあきして、実行力のありそうな彼に期待しているということです。企業の創業者社長のように。もちろん彼が現行制度で仮に首相になったとしても、議院内閣制ですから、しがらみから完全に逃れられないかもしれません。だからこそ彼は首相公選を唱えているのですが。

   共産党の志井委員長は橋下さんのことをヒットラーの出現時に例えましたが、有能な政治家の独裁は創業者社長の経営と同じことで、悪いこととは思いません。中にはヒットラーみたいなのも出てきますが、我々国民がしっかり人物を見極めて、この人ならと思う人に独裁者になってもらえばよいのです。それを恐れてリーダーシップを切望しても矛盾するばかりです。所詮日本の制度ではヒットラーばりの独裁者など生まれるはずもないのですから。

   日本を太平洋戦争に導いたのは独裁者東条英機というわけではありません。日本の軍部政治家には独裁者などいませんでした。むしろ多くの軍人幹部がお互いにけん制しあって、戦争反対や戦争停止を誰も言い出せなかったという、リーダー不在の結果なのです。最後は天皇が表に出なければ誰もやめようといえなかったほど、無能の集団指導体制だったのです。今の大企業や民主党にも共通していますね。

大学生の程度

  最近の調査では大学生の四人に一人は小学生程度の算数を理解していないという事です。これには驚かされますが、大学全入時代で、高校も大学も推薦入学と称するフリーパス、学力テストもなしに入学できる大学が私立の半分という事ですから、当然と言えば当然ですね。推薦入学と言えば恰好は良いですが、形式だけで、実態は誰でも入れる大学なのでしょう。逆に言えば、そういう大学がたくさんあるから、勉強する必要が無いという事でしょうね。

   今の社会の問題として格差拡大が叫ばれ、その背景の一つに、新卒が正規就職できず、非正規となり貧しい生活を強いられている事が挙げられています。しかし、小学生程度の算数が出来ない卒業生を大企業が正社員で採用すると思いますか?そんなことありえないでしょう。この人たちにとって、大学とはあと4年間遊べる場でしかないのでしょう。親が子供を大学に行かせる場合、そんな大学ならろくな就職も出来ないだろうから金の無駄だ、止めときと言わないのは不思議です。結局、子宮でしか考えられないお母さんの、間違った愛情なのでしょうね。

    そんなことになることがわかっているのなら、中卒あるいは高卒で手に職をつけるような道をすすませる方がよほど本人の為です。学校を出たら親は一切援助しないから、どうやって生きていくか自分で考えさせて、専門学校なり、職人に弟子入りするなりさせた方が余程良い結果がでます。朝ドラの評判が良いですが、小篠三姉妹も、洋裁の専門学校に進んであれだけの大家になりました。最初長女が美術大学に行きたいと言ったら、お母さんが、画家のプロとして生きていく自信があるのかと問い返し、自信がなさそうなので、それならダメと言いました。では自分はどうしたらいいのかと聞かれたら母親は、自分の事くらい自分で考えろと怒鳴り返しました。そして結局、本人の意志で洋裁学校に行ったのでした。母子家庭での話ですから、しっかりしたお母さんに感心しますが、今のお母さんは爪の垢でも煎じて飲んだらよいですね。

   こんな情勢で、政治家は格差拡大とか、非正規の増加とかを問題視していますが、良く言いますよね。文句を言うより、大会社が採用してくれるような人間になる方が先だと、なぜたしなめないのでしょうか。大手企業は日本人学生に見切りをつけて外国人学生を採用し始めています。この方たちも票を持っているから本当の事が言えないのでしょうね。特に民主党の場合は、再配分重視と称するばらまき政策で票を集めましたからね。

本当に大事なのは経済成長なのですが、民主党の悲劇は小泉政策の全否定からスタートしているので、市場の活用とか、規制緩和、民間の力を活用とかが言えなくなってしまっています。今、日本に必要なのは、社会に活力を取り戻すことです。そのために必要なのは再配分より新自由主義だと思います。経済が成長しなければ、再配分の財源も出てこないのですから。人間は競争を通じて成長します。人類の進化も適者生存で進化してきました。その原理を放棄して、経済成長はありえません。

先日NHKで、人類はなぜ人類になったのかというシリーズがありました。お金に関する考察で、今のアフリカの奥地のある村ではお金がない、みんなで獲物をとって平等に分けている。完全に自給自足で、その日の獲物をその日に分けておしまい、何万年と同じことを繰り返してきた村です。そこから少し離れた村の近くに街道が開通し、その影響で貨幣というものが持ち込まれました。そうなると、その村で一番獲物を採っていた男性は、一部は今まで通りみんなに分けてあげましたが、残りはお金にかえました。そのお金でいろんなもの買う事ができる事を覚えました。そうなると、お金を貯めるという事が覚え、これまで以上に一生懸命働き、貯めたお金でカカオの畑を買う事が出来ました。そして村の若者たちを雇い始めました。そしてしだいに男性はもちろん、村も豊かになり始めました。

この例は、原始共産社会で再配分しているだけでは何の進歩も起こらず、市場経済が導入されると、一生懸命働いて豊かになれることがわかります。小学校の算数もできない大学生は、原始共産社会の若者のごとく、働かなくても親から分け前を与えられてきたので働く気も、その準備としての勉強をする気も起らないのでしょう。

今、日経の私の履歴書を書き始めた大和ハウスの会長さんは、同居していた、祖母が厳しい人で、子供の頃おねしょうしたまま、布団を丸めて遊びに行ったら、祖母が見つけて、捕まえられ、納屋に閉じ込められた、昼に母親がおにぎりを持ってきたら、祖母が追い返し、夜になるまで縛られたまま放置されたと思いでを語っておられます。けんかして負けて帰ってきたら、相手が年上でも竹でなぐられたそうです。そして祖母の教訓は①うそとごまかしは絶対にだめ②人に迷惑をかけるな③喧嘩をしたら絶対に負けるな。だったそうです。これくらいの教育が本当は必要なのですがね。

JALの再生

  日本航空が史上最高益を上げるというニュースに驚いた方も多いでしょう。民事再生法が適用され、稲盛さんが再建に乗り出された結果としたら、さすがの経営手腕だと思うでしょうね。それもありましょうが、実行力さえあれば、だれがやってもこうなったようです。再建の方向性は単純で、不採算路線を止め、余る飛行機をジャンボを退役させることで調整するという事でした。それと、債権カット、賃金引き下げ、人員削減を組み合わせたものでしょう。こんな事は、倒産のずっと前からわかっていたことでした。

   そのわかりきった事を、倒産と言う形をとらないと実行できないという所に日本の会社の問題点が浮き彫りにされているようです。要するに日本の会社にはいろいろなしがらみがあって、本当の経営上正しい方策がとれないのです。特に不採算路線の問題は、社長が出世するにあたり、いろいろな政治家や官僚のバックアップを受けた見返りに、政治家たちの地元の路線は維持するというような約束をしてきたので、いくら会社の採算が苦しくても、その路線を止められないのです。普通の会社なら選択と集中という標語の基にとっくに不採算路線など廃止されているはずですが、倒産と言う荒治療がないと実現できないというのは経営者失格ですね。

   かつてスティーブジョブズ氏が手本にしていたソニーの凋落も同じでしょう。アップルはi-podで劇的に蘇ったのですが、こんな製品は技術的に簡単なものです。アップル自体が自前の工場を持たず、外注で造らせられる程度のものです。ところがソニーはウオークマンで一世を風靡したあと、ミニディスク路線をとっていて、想像ですが、その路線を採ったトップが会社の有力者だったのでしょう。その人に遠慮して、アイデアとしては持っていたMP3などのダウンロード型の携帯音楽端末製品化を躊躇したと聞きます。これなども、日本の会社特有の社内のしがらみのなせる業です。

   こういう事が起こる背景に、日本独特の年功的な人事制度があります。能力主義と正反対の制度です。確かに会社に長くいると、それだけ経験も積み、人脈も作れますので、年功制度にはプラス面もあります。もしこういうプラス面もいれて、純粋に能力面で評価すれば、若い人よりも経験を積んだ人の方が地位が高くなるのも不自然ではありません。ところが日本の場合はどちらかと言えば能力面より年功面の方が強調されて評価されているように思えます。

   それは日本独特の先輩後輩の、精神的な風土があるからです。いくら能力があっても、年上の人を部下として使いにくいという気持ちです。年上の部下を自在に使いこなせるには、よほど卓越した能力の持ち主だけです。出る杭は打たれる日本社会で、石川遼のような若い人がトップ選手として君臨できたのも、能力が卓越したから、周りがそれを支持したからです。普通の選手なら先輩を敬わないと、いじわるされたりしてつぶされていたでしょう。

   それともう一つは日本の場合、地位にカリスマ性が付帯するのです。部長というと単に部をマネージするだけではなく、全人格的に偉いという雰囲気があり、そのように扱われないと面白くないというようなことです。ですから、路線について、部下から反対されたりすると、部長は自分のカリスマ性や人格が否定されたような気持になり、怒り狂う人もいます。仕事以外でも尊敬の念を表さない部下は干されたりして、およそ能力主義と程遠い事がおこります。そのうち部下は部長の気に入る事しかいわなくなり、部のために何が正しいかではなく、部長はどういう発言が気に入るかしか考えなくなります。

   私が実際に目撃したくだらない話。ある本部長が課長をどなりちらしていました。よく聞いてみると前の夜、本部長があるクラブに行ったら、お気に入りの子が先にきていたそのイケメンの課長についていて、ついに自分の席に来てくれなかった事を仕事場でどなっているのです。お前俺があの子を好きなのしってるだろという声が聞こえました。実に格調の低い話ですが、そんな程度のが本部長になっているのですから、あきれてしまいます。

   日本航空も、中間管理職クラスは、いつも、そんなの不採算路線を止めて、ジャンボをなくせばあっという間によくなるよと言っていたそうですが、そんな声が届かなかったのか、無視されたのか。しがらみだけで地位を得て、保ってきた上層部はしがらみの方が大事だったのでしょう。もっともその人たちは倒産と言っても、退職金をどうなったか知りませんが、それまで散々うまい汁を吸ってきて、辞めた後、悠々自適の生活をしているだけでしょうから、彼ら個人としては、うまくやったのと言えるのでしょうね。日本の企業も政治も、官僚も、自分中心で、国や会社を想う人がいなくなって、長期低落に入っていることが良くわかります。

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