日本のここがおかしい

長年の米国でビジネスマン生活をリタイアして 帰国後、日本を覆う閉塞感を見かねて、ブログ をはじめました。5年後閉鎖となったので 引っ越しました。

2017-09

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総裁選挙

   自民党の総裁選挙を見ていますと5人の候補に殆ど政策の違いがありません。こういう選挙も珍しいですね。確かに理念が同じ人たちが集まっている政党ですから、政策に違いが無いのはわからないではないです。民主党など、野田総理が決めた税と社会保障の一体改革に他の三候補とも反対。野田さんが打ち出したTPP交渉参加も三人とも反対と全く正反対を唱えています。

   こうなるともう同じ政党とは言えません。小沢グループが離党しましたが、これが正しい姿であり、党に残っているのがおかしい人たちが対立候補として立候補しているのです。まあそれが民主党の本質を表しているといえばその通りですがね。赤松さんなんかは旧社会党出身ですからね。元々全く理念の違う人たちが選挙に受かるのに都合がよいという理由だけで野合した政党であるという事が良く分かります。ですから一つの政策を全党一丸で推進するなどという事は不可能なことが良く分かりました。あの政権交代の熱気のばけの皮がはがれて嘘みたいですね。

   ですからこの自民党の5候補の政策一致振りは自民党が一枚岩であることを示していてよいことなのかもしれませんが、しかしそれにしても政策の違いをもっと議論してほしいものです。

   各候補とも経済成長を図るという政策では一致しているでしょうが、どういうプロセスで実現するのか、方法論を議論して欲しいものです。予算の規模をどの辺に持っていくとか、規制緩和をどの程度実現するのかとか、非正規雇用や派遣にかんする規制あるいは規制緩和をどうするのか、農民への個別補償をどうして、農業の大規模化を目指すのか、目指すとしたらその方法はとか、年金問題をどうするのかとか、議論する事は一杯あります。それが全くなされず、三党合意は守る、TPPは慎重に、主権と国土は守るとか、基本理念だけ話しして、同じですねというようでは選挙になりません。選ぶ人は結局政策で選ぶなんていう事ではなく、どの人が受かれば自分に有利になるかで判断するだけだから、そんな論争は不要ということでしょうか。

   TPP問題にしても、各候補そろって慎重にと言います。農民票を当てにしているからでしょう。しかし農民と言うのは500万人くらいしかいないのですよ。配偶者や選挙権を持つその他の家族を入れても、1500万位かもしれません。その中の全員がTPPに反対しているわけではありません。積極的に輸出を目指している人や都市近郊で有機野菜を作っている人たちは反対していません。反対しているのは全国民から見たらマイノリティの米作農家ですが、必ず投票に行く人たちですから、この人たちの反発が怖いのです。しかし、だからと言って、マジョリティにとって良い政策をマイノリティのために止めるのはいかがなものでしょう。もうそろそろ、自民党も国民のあらゆる階層、あらゆる職業の人から万遍なく票を入れてもらおうという政策はやめるべきだと思います。

   東京選出の石原候補は都会派ですから、TPPをどういうのかなと思って聞いていたら、私は自由貿易論者ですが、あんな関税の自主権を放棄するようなのは話になりませんと切り捨てました。自由貿易論者という部分が保守、自由主義者の政策として、自民党の首相にふさわしいのですが、農民の反発を避けるために、中身に反発している振りをしているのでしょう。しかし、中身は交渉の問題であるし、すべての関税がすぐになくなるなんていう話にはなっていないので、交渉くらい参加したらよいと思うのですが、とにかくそういうと地方の党員票を取れないからの発言としか思えません。

   結局、選ぶほうの党員や国民が自分の利益になることしか考えていないから、選ばれるほうも本当に国の為になると思う政策を歪曲してしまうのですかね。国民を映す鏡が今の政治家の姿です。その背景は、人口の大多数を占める都会住民の無関心があるのかもしれません。都会の人たちが自分達の払った税金が国や自分達のために使われず、田舎に過剰に使われていることに怒りをもたないからです。毎日の通勤地獄や保育園も満足にない事に怒りを感じないのでしょうか?

   石破さんが京大名誉教授の田中美智太郎さんの言葉を引用していいことを言っていました。田中さんは、この国は主権在民ではないというのです。王政の国は王様が税金を集め、それを自分の好きなことに使います。国民は自分達のためにも使ってくださいという、お願いする立場です。民主主義では、国民は自分達のために税金を使う権利を持っているが、その使い方は主権者なのだから、自分が為政者なら何にどう使うかと言う発想で、その発想に合致した候補者に投票するべきものである。ところが今の日本は自分の所に高速を作ってくれとお願いして、それを聞いてくれる候補に投票する。主権者としての態度ではではないと。この国はまだまだ民主主義国家になれていないということです。

   
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都市と田舎

    自民党総裁選挙は次の首相を決める選挙といわれていますが、誰がなるのでしょうかね?安全保障、外交面では石破さんが頼もしく映りますが。石原さんはどういう人なのかよくわかりませんね。今まで彼の考え方を聞いた記憶はありません。一つだけ彼に期待するのは、彼が都会出身だということです。先日、維新の会が都市型政党だから期待すると書きましたが、人口の7割が住んでいる都会の国が、田舎出身の政治家に牛耳られている不条理を何とかしなければなりません。

   こんなことをいうと田舎の人には怒られるかもしれませんが、これまでの歴代首相は小泉さん、菅さん以外、すべてが田舎選出の議員でした。田舎では強固な組織票があり、投票率が高く、一票の格差も大きく、その地方のドンが当選を重ねます。年功序列の自民党では、当選回数により閣僚が選ばれ、その中から首相が選ばれてきました。

   一方、首都圏をはじめとする大都市圏では、労組票、医師会などの組織票以外は、企業経営者、商店主、大企業サラリーマン、中小企業サラリーマン、フリーターなど多岐にわたり、それらのなかでも、インテリ左翼的な人や、右翼的な人や、無関心層にわかれ、浮動票の割合が非常の高くなっています。そのため、田舎のように当選回数を重ねられる人が少なく、常に当落の危機に瀕している議員ばかりで、とても出世どころではない議員ばかりです。

   こうして田舎出身の議員が力をもち、税金は殆どが都会の大企業とサラリーマン、中小企業などが払っているにも関わらず、その金を地方にばらまかれてきました。地方出身議員と選挙民がつるんだ、一種の腐敗のようなものです。地方に公共工事を持って行くたびに、かかわった議員に票と政治資金が流れ込んだことでしょう。これが田中角栄以来の政治モデルです。

   こうして田舎に搾取された都会で起こったことは、世界の発展する大都市に比べて非常の見劣りする機能です。サラリーマンには過酷な満員電車、保育園も老人ホームも何年待ち。世田谷あたりの高級住宅地でも子供の通学路に歩道もなく、事故が多発しています。そして産業を発展させるためのインフラである、都会の道路、港湾、空港などへの投資も貧弱で、企業の研究開発や発展にも国の支援はお話になりません。韓国など官民一体で急成長しているのに。

   政治家にとっては当選する事が至上であることはわからないではありません。議員一人当たり、7000万ももらえるそうですからね。(給料だけではなく、いろいろな補助もふくめて)ですから、議員の地位にしがみつくのは仕方がないのでしょう。しかし、いくら田舎には確かな票があるからと言って、国の金をどんどんばらまいても、国は発展しません。北海道の原野に高速を通して、車と熊とどちらが多いというような投資?をして、国はもちろん、その地方が発展しますか?田舎の人はその人なりに努力はされていますが、良い牛乳をよりたくさん作るという程度の発展でしかありません。良い牛乳は必要ですが、しかし、国を引っ張る力はありません。

   地方に100も作ったコンテナ港にしても、殆どが住民の釣り場になっているのが現状です。横浜、神戸に投資していれば国がどれだけ発展したかわかりません。都市が国を引っ張ると言うのは世界の趨勢なのです。失われた20年と言われますが、その理由は、都市に再投資するべき金を、田舎の何の役にも立たない、高速や新幹線や、美術館などの箱モノに投資して、その維持費に又国から援助を受けると言う悪循環に陥らせた報いなのです。

   先日のテレビ討論で、自民党総裁候補の二人、石破さんと町村さんが、維新の橋下さんの、消費税の地方税化、地方交付税廃止論に対して、それでは自分の選挙区の鳥取、北海道が税収が少なくて、やっていけなから、話にならないと切り捨てていました。こういう地方は都会にぶら下がって今の経済水準を維持しているので、自分たちで自立しようと言う気概が全くないので、ガッカリします。北海道など明治が始まって以来、一度もその地方で出来た税収で、行政経費やインフラ整備その他の歳出が賄えたことがないのです。ほとんどの地方が三大都市圏で出来た税金にぶら下がっているのが日本の構図でしょう。なさけない国です。

   その点から考えても、これからの政治を担うのは都会出身の人にならないと経済力的にも人工的にもおかしいとおもいます。田舎の人は都会に移ればよいのですし、現に多くの人が移りました。そして競争力のある人は田舎に残り、大規模農業を営むなりして、豊かな生活も可能です。アメリカやオーストラリア、カナダなどはそうなっています。

   余談になりますが、今の田舎では多くの小規模農家がひしめいて、農業だけでは食えないと文句を言っていますが、あれは戦前の大規模農家に雇われていた小作農家が進駐軍の政策で自分が雇われて耕していた農地を取得した結果小口農家が多数誕生してしまった結果なのです。もともと自分たちのものでなかった、農地をただ同然で得たのですから、文句をいうのもいかがなものでしょう。農民は土地に愛着があると言いますが、先祖代々の土地というわけでもないのですから。あんまりTPP断固反対などと言って、国の足を引っ張らないで欲しいものです。

都市型政党

>民主党の代表は野田さんで決まりのようですが、自民党は乱立気味でどうなるのか先が見えません。これから活発な選挙活動や政策論争、多数派工作などが行われます。これが毎日のように報道されますので、自民党有力者の露出が激しくなります。当然これが選挙に有利に働きます。選挙終了後新しい顔が決まれば、一時的に支持率もあがるのでしょう。

   これまで、すでに何人かの候補者のテレビ出演を見ましたが、皆それだけの存在感はあります。やはり民主党よりも人材は豊富なのでしょうね。もちろん歴史がちがうから当然かもしれませんが。

   その自民党が勝っても、選挙後の過半数はとれないといわれています。そうなると連立という事になるのでしょうが、所詮、参議院で多数を取れないので、決められる政治という標語もむなしく響きます。

   維新の会の勢いが強く、350人もの候補者を立てるようです。その内100人くらい当選するのかもしれません。そうなると自民党が多数をとっても、維新との連立が必要になるかもしれません。しかし、維新は来年の参議院選挙まで参議院に議席がありませんので、自民が維新と組んでも、決められる政治をするには1年ほど空白が出来ます。そうなると民主党との協力が不可欠でしょうが、これも今回のように訳の分からない問責に賛成しているようでは、民主の協力も難しいかもしれません。

   その維新の会ですが、何人が当選しても、国会運営は未経験ですから、すぐに結果を出せるとは思えません。当面は連立を組んで、与党をけん制していく機能くらいしか発揮できません。八作を掲げていますが、実現の方策がしめされていない単なるスローガンに過ぎないという批判があります。国会議員の定数削減や首相公選、道州制など、憲法改正を伴いますから、簡単に行く物ではありませんし、これを直ちに実現できるものと期待して投票するのは間違いでしょうね。

   それでも維新の会に人気が出ているのはこれまで待ち望んでいた都市型政党だからです。これまで何度も書きましたが、この国の財政資金は都市で作られ、地方にばら撒かれました。どこの国でも成長を牽引するのは都会です。資本、情報、人材、インフラ、技術など、経済成長や社会の発展に必要なものがすべてそろっているのが都会です。国を成長させたければ都会を成長させるしかないのです。地方に幾ら金をつぎ込んで高速や空港、港などを作っても、せいぜい観光客が増えるだけです。

   ところが政治的には地方の方が圧倒的に力を持っています。一票の格差と、都会の浮動票対地方の組織票の違いです。都会の人は忙しく、選挙にそれほど関心をもたず、もってもそのつど投票相手が変わります。一方地方は農協などでがっちりと組織されており、毎回同じ候補が当選します。そして当選回数が物をいう政界では、圧倒的に地方に力のバランスが傾くのです。だからとかいで作られた財政資金が地方にばら撒かれるのです。それが自民党政治の本質でしたし、民主党も同じ手法をとって、政権をうばいました。

   今回の選挙でも維新の会が消費税の地方税化と、それに伴い地方交付税の廃止を掲げていますが、自民党の有力候補である、町村さんが批判して、そんな事をすれば自分の地盤である北海道が税収が少なくてやっていけない、石破さんも、自分の地盤の鳥取がやっていけないと批判していました。要するに地方はずっと都会にぶら下がるしかないと考えているのです。

   維新の考え方は個人も地方も自立するべしというものです。都会だけ税金が沢山入ってけしからんというのは筋違いです。自分達で稼いだり消費したりした結果の税金を自分達のために使うのがおかしいという考え方の方がおかしいです。例えば港湾整備で言えば、東京―横浜や大阪―神戸港で出来た、特別会計の収入は殆ど地方空港の整備に使われました。この結果、東京―横浜や大阪―神戸はかつてはアジア最大級の港であった地位を奪われ、アジアの中心はプサンとシンガポールになってしまいました。地方に一杯出来たコンテナ港はプサンで積み替えた荷物を入荷している始末です。空港も全く同じ状況で、成田―羽田の地位は仁川に奪われました。自分で稼いだ金を地方に持っていかれて、成長させてもらえなかった悲劇です。

   こういうぶら下がり体質を正し、自立する国民を作り、公正な社会を実現するのが維新の目標でしょう。そうしないとこの国は遅れていくばかりです。維新の掲げている事は一朝一夕で実現するものではありませんが、精神はもたれあいから自立と競争で、国民に活を入れることと思いますから、道は遠くても、都市政党である維新を応援したいと思っています。   

嫁姑

   読売の、発言小町などの相談サイトを見ていますと、嫁姑問題が多いですね。嫁の側が夫の実家に行きたくないという悩みや、姑側から、もっと孫の世話をしてやりたいのに、させてくれないとか、色々あるのは当然ですが、私が見るところ殆どの場合、問題は姑側と夫にあると思います。

   姑というのは嫁に比べて古い世代ですから、自分が嫁の時には姑に仕えさせられた経験を持つ人が多いでしょう。だからどうしても嫁に同じ事を求めるということはあるでしょう。時代は変わっているのですけれど。しかしそういう世代ギャップの問題よりも、近年、嫁姑が上手く行かないのは姑が自分の息子を世の中で一番大事なものと思っていること、息子の方もそれに応えようとする夫が多いことが根本の問題だと思います。

   母親にとっては子供は宝物です。特に男の子は至高の存在です。女の子とは友達的になれるのに、男の子は自分の一部かそれより大事なものに思えるのでしょうね。逆に父親は娘を溺愛する場合が多いのと反対です。擬似性愛というらしいです。親子でも恋人的な感覚が濃くでるのでしょう。

   そこへ嫁が来ると、一種の恋敵のような感覚が生まれます。だから意地悪したりします。もちろん同居しないかぎり、出来るだけそういう感覚は見せずに良い義母を演技しますので、最初はいいお義母さんというように思われることが多いでしょう。しかし、付き合いが深まると、言葉の端々に、行動の一つ一つに、嫁には、あんたなんか敵なんだからねというような態度があらわれてきます。結婚当初からは嫁の義母に対する感覚は悪化の一途でしょうね。

   ここで問題は夫の態度です。夫がちょっとでも母親をかばうような態度を見せたら、夫婦間に亀裂が始まります。夫は若し妻を大事に思うのなら、100%妻の味方をしないといけません。夫婦間は簡単に壊れますが、親子関係は絶対に切れるという事はないのですから、安心して妻に味方して、母親と喧嘩すればよいのです。

   ところがこれが出来ない夫が多いのに、相談を読んでいて驚きます。何故出来ないかと言うとマザコンの男が多いからでしょうね。特に日本では母親が息子を猫かわいがりして、ペット扱いすることが多いですね。心の中では成長して欲しくない、何時までも私の赤ちゃんでいてなんて思っているものですから、息子の方に自立心なんて生まれません。大体赤ん坊が生まれたら、赤ちゃんを母親のそばに寝かすのは日本だけらしいですよ。他の国では、特に欧米では子供は生まれた時から別室で子供だけで寝かせます。

   少し大きくなっても、母親は勉強、進学、交友関係から就職まで口にだそうとします。アメリカなら、自分の事は自分で考えなさいと突き放し、アドバイスを求められたら意見は言ってやる程度です。自分の型にはめて、自分の理想を実現させたいなんて思っていません。日本なら自分の夫は中小企業のサラリーマンだから、息子は大企業に入れたいとおもい、その方向ですべてを取り仕切ろうとします。息子の本当にやりたいことなど無視です。だから独立心が出来ません。

   こういう風に育った息子が結婚したら、嫁より母親のいう事を聞くに決まっています。殆どの場合夫婦間に亀裂がはいり、離婚に至る場合も多いと思いますよ。

   まあこんな風に育ってしまった息子が改心して、100%嫁の側に付くのは難しいでしょうが、妻、家庭を大事に思うのなら、母親とは徹底的に戦うしかありません。幾ら喧嘩しても親子は親子ですから、切れる事がないのですから。

   姑の側も、改心して息子夫婦にはかまわないことです。結婚して独立し
た息子は嫁のものであって、自分は嫁が自分に会いたいと思ってくれるような人間になるように努力するしかありません。友達になれるかどうかです。それ以外は息子一家と疎遠になるだけです。将来、自分が本当に困った時にも助けてくれませんよ。余程、従順なら譲ってやる莫大な財産や会社を所有しているのなら別ですが。
強調文

女性パワー

 ロンドンオリンピックのメダリストの銀座行進、すごかったですね。日本であんなに人が集まったのは見たことがありません。それだけ選手たちの多戦いぶりに国民が感動した証でしょうね。

   中でも女子選手の活躍が目立ちました。体操いがいではほとんどの競技で女子が男子より好成績をあげました。この傾向は今回のオリンピックだけではなく、ゴルフも含めて近年のスポーツでは顕著となっていましたが、改めて認識させられました。

   やはりこれからの日本の希望は女性の活躍なのです。これからの少子高齢化で人口減少、労働人口減少を補うのは高齢者パワーもありますが、何よりも女性のパワーです。日本の女性は男性よりはるかにパワフルです。NHKなんかでやっている歌の公開番組の観客席なんか見てもほとんどが女性です。男性は仕事に疲れて、それどころではないのでしょう。買い物するのもほとんど女性、旅行も同じです。男性よりはるかに活動的で、消費の面では圧倒的に男性をリードしています。

   消費の面では言う事ないわけですが、これからは生産側にも男性以上のパワーを発揮して欲しいものです。昔は確かに、産業構造から女性は非力で、生産のための作業は男性が中心でした。戦いも男性中心でした。ですから、女性にできる事は家事と、子育て、サービス業位だったのは事実です。

   しかし、時代は変わりました。製造業でも機械の操作で力がなくても出来る仕事が主流となり、エレクトロニクスなど細かい作業は女性の方が男性より優れています。また女性の消費が圧倒的なので、開発も女性の方が向いています。製造業以外のホワイトカラー職では、頭脳労働ですから男女の差はありません。サービス業でも同じです。これらを総合すると今や男女の能力差はないと言ってもよいでしょう。

   ところが大企業や官庁の採用は圧倒的に男性中心です。管理職、経営者に出世するのも圧倒的に男性が多くなっています。これは男性中心社会であった時代の制度と文化がそのまま残っているからです。女性の側の心構えも、どうせ結婚するまでの腰掛だからとか考えて、子供の頃から男性並みの準備をしない女性も多いですね。鶏と卵の関係です。女性が能力次第で男性と同じように出世できるのだと分かれば、子供の頃から張り切って勉強もするでしょうし。

    女性には結婚、出産、子育てという大きな壁があります。これは男性側や会社などの雇用主が古い意識のままだからです。結婚して共働きは増えていますが、家事は女性に押し付けられがちです。共働きなら全く平等にするべきなのに。男性も独身時代は一人暮らしなら自分で家事をやっていたのでしょうから、女性に甘えるべきではありません。出産、育児休暇は会社の完全な理解が必要です。それから保育園の充実が必要です。もちろん男性も子育てに同等の貢献をしなければならず、男性の雇い主もそのことを理解しなければなりません。

   この辺の意識を日本の政治、社会、個人個人が革命的に変えないと、男女完全平等社会は実現しません。ただでさえ、この面で日本は欧米先進国に圧倒的に遅れています。その欧米をはるかに上回る高齢化社会が来ようとしているのに、いつまでも女性パワーを埋もれさせたままでは日本に未来はありませんよ。これは理念的な男女平等とか人権問題というような人道上の話ではありません。日本が生き延びるためにはそれしかないのです。いつまでも戦前か江戸時代の時代錯誤の男性中心的感覚でこの少子高齢化社会が乗り切れるはずがないのですから、革命的意識改革を望みます。

本当は次の選挙の主要テーマにするべきだと思いますがね。アメリカでも人種差別などで行われたアファーマティブアクションという法律。女性問題でもありました。大学の入学に一定以上の黒人や女性をいれないとならないという法律です。成績が自分より低い黒人が入学できて自分が落ちるのはおかしいと言う訴訟などが起こりましたがそこまでしないと平等は実現しないと言う事でしょう。日本でも大学もそうですが企業に一定以上の女性の採用を求め、一定以上の管理職を求める法律を作ればよいのです。もちろん、育休などは、守らない企業は罰するとともに政府が発表して社会の評価を貶めるのです。これくらいやらないとこの問題は前進しません。strong>

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